今月の寺子屋ですが、27日にルクレティウス、29日は物理学に決定しました!
ちょっとスケールが宙に浮いていたのですが、古代と現代を科学という視点で切りたいと思います。
ルクレティウスが現代物理学を予言したようであることは論を待たないと思うのですが、一方で「じゃあ現代物理学は?」という視点でどちらからも眺めることでスケールの大きな視点が手に入ると思います。そしてこれは2030年の「まといのば」における「当たり前」にしたいのです。
New!!! 第66回【寺子屋「現代物理学の風景〜パラダイムシフト(直前)の衝撃〜〜2026年1月29日(木)19時】(受講料5万円→3万円再開記念割引)
【寺子屋グルーブLINEのお知らせ】
以前、寺子屋にはメーリングリストがありました(数十年サービスを続けていたFreeMLというサービスに乗っかっていました)。そのメーリングリストをホームページ的に使って、過去教材の板書写真やまとめなどが乗っていました(今だと上手に使えれば、人間が手作業でやっていたものをAIくんが代替してくれそう)。
そのサービスからするとかなりシンプルになりましたが、グルーブラインを作っています。質問などもそこで(もちろん直ラインでもOKです)。そこに資料なども細々と載せていこうと思っています(過去のはまだありませんが!)
寺子屋は寺子屋でひとつの教養とリベラルアーツのギルド化したいと思っています。
内容をざっくり紹介します。
ルクレティウスとは古代ギリシャの隠された賢人であり、ルネサンス直前に法王直属の古文書家によって偶然に発見されました。そしてこれもまたルネサンスの動機となったとも言われます。このルクレティウスのカラクリについて公開しつつ、ルクレティウスの(「物の本質について」)も深堀りします。そのときの補助線は夏目漱石の弟子である科学者であり、文筆家でもある寺田寅彦です(漱石の弟子には有名人が多いのですが、「銀の匙」を書いた中勘助もその一人です。脱線しますが、「銀の匙」は「失わた時を求めて」です。マドレーヌに浸した紅茶(逆逆!)ではなく、引き出しの中の銀の匙から幼年期を思い出します。
ただ、一般には「銀の匙」と言えば、僕らが咥えて生まれなかったものです!)。
前編が1910年(明治43年)に執筆され[1]、1913年(大正2年)には「つむじまがり」と題された後編が執筆された。夏目漱石に送って閲読を乞うたところ絶賛を得て、その推挙により同年4月8日から6月4日まで前編全57回が、1915年(大正4年)4月17日から6月2日まで後編全47回が東京朝日新聞で連載された。
1921年(大正10年)に岩波書店から単行本が出版され、1935年(昭和10年)11月には岩波文庫版が発行された。岩波文庫版には和辻哲郎が解説を寄せている。2003年(平成15年)に岩波書店が創業90年を記念して行った「読者が選ぶ〈私の好きな岩波文庫100〉」キャンペーンにおいて、本書は、夏目漱石の『こころ』、『坊っちゃん』に次いで、3位に選ばれた。また、岩波文庫版は113万6000部が発行され、岩波文庫で10位に位置するベストセラーとなっている(2006年(平成18年)12月現在)[2]。Wikipedia「銀の匙」
*漱石の「こころ」「坊っちゃん」に次ぐ第三位というのが良いですね。師弟で独占。
そのルクレティウスからデモクリトス、エピクロスを眺めつつ(デモクリトスーエピクロスールクレティウス)、それより前の「ゼノンーレウキッポスーデモクリトス」の系譜を確認しましょう!
すなわち、ゼノンーレウキッポスーデモクリトスの系譜が見えるわけです。
ここで慣れ親しんだゼノンが現れて円環の理が閉じます(閉じないか)。
ゼノンの議論が「離散性」の議論につながり、「連続」を信じていたニュートン力学を近似解に為したのです。ゼノンの訴えは量子論でようやく叶えられたわけです。
そして「ゼノンの逆理」から見えてくるのが、古代ギリシャから連綿と続く「連続と離散」の闘いです。プラトンは明らかにそれを意識しており、それが現代の「個人と集団」に繋がるというのが(急ぎですが)「まといのば」の結論です。少なくともニュートン力学は連続を前提としており、量子論は離散を前提としています。生命素粒子理論は「離散」派であり、可能無限派です。
現代物理学については、かなり面白いと思います!!
これまでも寺子屋では「物理学」を扱ってきました。なぜなら現代文明を支えるのは(いやいつでも同じですが)「知性」であり、「ゴール」です。その知性とゴールの結晶の一つが「科学」だからです。そして、現代においては科学と言えば物理学であり、物理学の概要を理解し、パラダイムシフトしておくのは必須です。
ニュートン力学、熱力学、特殊と一般の相対性理論から、ブラックホールの熱力学までかなり網羅的にやってきたつもりですが、なぜここで屋上屋を架すのかと言えば、、、、、「まといのば」によれば、次のパラダイムシフトが近いからです(少なくともこの数百年以内にw)。
そのパラダイムシフト直前の喧騒(前回はコペルニクスが死を賭して、「天球の回転について」を発刊したあたりでしょうか)を堪能すべく、そしてパラダイムシフトの荒波に耐えうる大周天を手にするために今回の寺子屋「現代物理学の風景」を企画しました!
過去教材での復習は強く推奨ですが、今回からでも理解できるようにデザインしてあります!!
たとえば、時間と統計力学について、我々はマクスウェルの魔から我々は解きほぐしています。これを野村先生の素晴らしい講義で整理できるのは最高です!
というわけで、是非お楽しみに!!
1月10日(土) ドーシャスクール3期第1講座(追加開催)〜情報空間における生命素粒子の振る舞いとしてのドーシャ〜
1月11日(日)12日(月) MATLAS整体スクール〜MATLASを用いた不思議な未来の整体法
1月13日(火)16時〜バレエ部、19時〜ダンス部
1月17日(土)18ː00〜 まといのば講座「オーセンティックのカタチ」〜様相論理学を用いたコーチングの形式的定義〜
1月19日(月)13ː00〜 マスタークラス第1回
1月20日(火)16時〜バレエ部、19時〜ダンス部
1月25日(日)19ː00〜 OMSリアルセミナー
1月26日(月)13ː00〜 マスタークラス第2回
中止1月27日(火)13ː00〜 (OMS質疑応答会?!)
1月27日(火)19ː00〜 寺子屋「ルクレティウスのアポクリプス(黙示録)〜古代ギリシャの闘争〜2026年1月27日(火)19時】(受講料5万円→3万円再開記念割引)
1月28日(水)13ː00〜 マスタークラス第3回
1月29日(木)19ː00〜 寺子屋「現代物理学の風景〜パラダイムシフト(直前)の衝撃〜〜2026年1月29日(木)19時】(受講料5万円→3万円再開記念割引)
1月31日(土)、2月1日(日) Rayヨガスクール〜MATLASを用いたオーセンティックな不思議な美しく健康になるための身体鍛錬法!
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【時間と統計力学について】
でも、乱雑って何でしょう?
もしくは低いエントロピーって何でしょう?
コーヒーとクリームのように、最初に26枚を黒のカードを重ね、その下に赤のカードを26枚重ねたとします。
するとシャッフルすればするほど、黒側に赤が浸潤し、赤側に黒が浸潤するのが観察できます。
コーヒーとクリームが混ざるようです。
しかし、それは色を基準で見たからです。たとえば、数字を見ている人であれば、若いカードから大きな数のカードまでを並べている状態が、シャッフルによってかき混ぜられているのを見て、エントロピーの増大を見ます。
すなわち、何を特別とするかで変わってくるのです。色なのか、数字なのか、はたまた、、、、と。
ちなみに、なぜシャッフルすると、混ざるのでしょうか?(これはトートロジーのようですがw)
これはシンプルです。
たとえば出荷時の状態というのは(その場合の数は)一通りです。
しかし、それ以外の状態というのは、56!です。
56通りではありませんw
56!
です。
そう56の階乗分あります。めっちゃデカイ数です(グーグル先生が答えを出してくれますが、めちゃめちゃデカイ数です)。
すなわち、場合の数が多い方が起こりやすいのです。
それも膨大な相互作用のあとは、場合の数が多いパターンが採用されます(採用というのは言葉の綾です)。
これが大数の法則の意味です(パスカルの三角形の意味ですw)。
一回一回の試行の結果は完全にランダムでも、大量の試行の結果はざっくりと予想ができるのです(いや、相当な精度で。それもお互いの不確定性を打ち消してくれるので)。
繰り返しますが、カードをシャッフルするのと似ていて、コーヒーにミルクを落として、コーヒーとミルクが分離している場合の数と、コーヒーとミルクが均等に混ざっている場合の数であれば、混ざっているパターンの方が圧倒的に多くなります。純粋に組み合わせの問題なのです。
ですので、相互作用を繰り返すと、場合の数が多い状態になることが多いというのがエントロピーの法則です。決して時間の矢ではない(というのが、カルロ・ロベッリの考え方の翻訳ですw)。
時間の矢という考え方は一種の近似解であり、思考の補助線です。というか、補助輪。
自転車に乗れるようになったら、補助輪は外して良いのです。
時間は存在せず、相互作用のみが存在します(ガブリエル先生が好きな「モノ」も存在せず、相互作用の結果として生じるのです。縁によって生じる、のです)。
縁によって生じるというと、まず先に(ア・プリオリに)モノがあって、それに相互作用があると思いがちですが、逆です。相互作用があって、そこにモノを要請するのです。
この極端な例が、真空を眺めるというワークです。
真空を眺めると、そこに不確定性原理ゆえに(そして熱力学の第二法則ゆえに)、素粒子が生まれます。なぜなら、真空は完全秩序だからであり、不確定性原理ゆえに何もない存在は存在できないからです。
とすると、素粒子があるから見るのではなく、我々が見たから素粒子が生まれたということが良くわかります。
(ガブリエル先生は精神とか視点とかでぐちゃぐちゃ書かれますが、相互作用、そして観測という大人の用語で整理すれば、ホムンクルスがどうのという古い古い議論を持ち出さなくても良いのです)。
で、この相互作用はエントロピーが増大する方向に流れますが、そもそもエントロピーって何って考えると、それは知性との相関名辞です(マクスウェル)。平たく言えば主観です。
すなわち、わたしたちがあるカードの並び順を「特別」だと思えば(たとえば自分の生年月日と生まれた時間の数字順にカードを並べるとか)、そこからシャッフルという相互作用をするごとに、その組み合わせはランダムになっていくのです。エントロピーが増大していくのです。
あるカードの並び順を特別(エントロピーが低い)と見るか否かはその人の主観に関わっています。
この部屋は散らかっているのではない。どこに何があるのか分かっている( ー`дー´)キリッ
と主張する人と似た話ですw
ただ、主観というと、自分が自由に見做してい良いと勘違いする人もいるでしょうが、そうではなく、知性との相互作用で決まるという意味です(誤解を招く発言をしているとの批判は甘受します)。
(それに、その特別をビッグバンまで拡張したのが、カルロ・ロベッリのスゴイところだと思いますが)
なかなか本題に入れないので、結論だけを先に言えば、解剖直観を用いれば、そこに特別に低いエントロピーを見ることができます。目の前の身体の無秩序に対してです。
特別なカードの並び順だと見做せるのです。ただし、カードの数字と記号がしっかり見えていれば。
そうすると、その後の膨大な相互作用によって、大数の法則に収斂していくのです。すなわち健康になると言えそうです。そもそも変形股関節症や側弯症というのは、特別なカードの配列なのです。実は低いエントロピーと見做せます。
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