matoの入院していた病院には、3人(多分・・・)の病棟心理士さんが

いらっしゃいました。

 

主な役割は、面会に来ている親、そして患児自身の心理的ケアかな、

と思っていました。(matoのいた病院のケースです)

面会でmatoのコットの傍にいると、話かけてくださり、その時の気持ちの吐き出し場

になってくださったり、色々とお話し相手になってくださったり。。。

 

私のメンタルがズタボロだった時期に、matoの受持看護師さんが周囲に

「このお母さん、やばそうです」注意報を発信してたとみえ、一時私の周りに

急に登場人物が増えた時期がありました。

(→「呼吸器装着と要注意人物注意報」)

病棟心理士さんもこの時から頻繁に登場し、話しかけてくださいました。

 

しかし。

 

当時どうしようもなく、メンタルが落ちていた私。

それはそれはひどい感じで。  (もう本当にごめんさいえーん

 

「心理士さんたちに話を聞いてもらったところで、matoの目は治らない。

入院期間が短くなるわけでもない。聞いてくれるだけなら、別にいらない。

何か、先が見える提案がほしい。」

 

(→もちろん正面切ってご本人方には言いませんでしたが、当時の心の叫びです。

本当ダメ母。。。ショボーン

 

そして、「お母さん、大丈夫?」と涙を誘うよう話しかけ方をされるのも

一時期本当に苦手な時期があって、しょっちゅう来てくれることも嫌で

心理士さんたちに心を開けない状態が続きました。

きっと、心理士さんたちも困っていただろうなあ。。。申し訳ない。

 

生後二ヶ月半を過ぎて、三ヶ月になろうかという頃。

やっと少しずつメンタルの回復がみられるようになり、心理士さんたちとも

割と色々話せるようになりました。

 

GCUだけではなく、通常の病棟などもまわっている心理士さん。

中でも一番話しやすかったOさんに、何かの話の流れで、

 

「義眼の子ってこの病院で会ったことありますか?」

と聞いてみました。

 

すると、

「昔、あるにはあるんだけど、その子は染色体の病気の一症状として

義眼をしていたから、matoちゃんとはまたケースが違うんだよね。。。

そっか。。。

・・・良ければ、ここ一度行ってみたらどうかな?」

 

そうして1枚のカードを手渡してくれました。

 

病院内にある、「ピアサポート窓口」の案内カードでした。

 

※このことをきっかけに、私の視界は外にぐっと広がっていくようになりました。

やさぐれた(笑)時期を見守り、根気強く話しかけてくださった心理士さん方、

そしてこの窓口の存在を教えてくれたこと、本当に感謝しています。

 

ピアサポートのことは次回記事で。