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Brillānte

joy miracle wonder and love...

いろんなことが腑に落ちた…ような気がしても

またぐるぐると戻ってしまう… ふしぎな日常です


ちょっとこの本を読んでみようかな~と思う

絶対読みたいわけではないんだけど 現れたから、ちょっと…


そうすると 何かが刺激されるのか 悶々とした日常になります


壁が薄いのか すぐその著者の気持ちや状態になってしまうのか

憑依なのか 何なのか…


余計なことなのか 必要なことなのか さっぱりわかりません


***


前にも書いたと思う

ミラーニューロンがあなたを救う!- 人に支配されない脳をつくる4つの実践テクニック -/青山ライフ出版

¥価格不明
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相手のことを 「こんちくしょー」 と思うと

結局 自分がその人の気持ち(状態)になってしまって つらくなる


相手のことに腹をたてたると 結局つらいのは自分だ


***


相手の反応が理解できなかったとき

友人が遊びに来てくれました


自分の行動パターンには癖があって

「こう」なると 「こう」いう反応をする


たぶん友人にとっては 理解できない行動だったと思うけれど


もう自分の回路がそうなっているので そう行動してしまう


それを身をもって体験しました



だから ほんとうに責めても仕方がない

その行動は仕方のないことだと 心底思いました


***


どんなに悶々としても 最後は つまるところ 『愛』 なので

今回もその線で考えてみました


周りをよくみまわすと お手本がいました

こんな風にやってみたら…


プライドとか自分が折れるとか

今までだったらありえない選択ではあるけれど


このままいっても つらいのは自分だ


***

もうだめだ だめかもしれない と思っても

そうじゃない そうじゃないよ というのを たくさん目にしました


結論としては 言いたいことを言えていない

だから 「行き詰っている」


なぜか 「息づまっている」 と印刷してあって


あぁそうなのかと思いました


今まで 怒ってみる とか 感情的になってみる とか

反論してみる とか いろんなことを してみました

とても勇気のいることでした

でも、今回は 勇気を出して 「好き」と言ってみました


好きなものを 好きと言って 何がわるい

でも、それすら 自分に許していなかったのかもしれないな…


言えた日は 言えただけで 心から幸せでした

あぁ言えた どう受け取ってもらったかはわからないけれど

伝えられてよかった~


状況はあまり変わっていないのですが

どんな状況でも

自分が同じである限り

同じものを感じ 同じことが起きるのだと思います


そう思ったとき 月のものがきました

毎月毎月こんな感じです…がーん









相変わらず 気づき が続いています


さとうみつろうさんのブログを久しぶりにみて


どんな存在であっても その存在の 「御蔭(おかげ)」で

自分が存在している



どんな人であっても その人がいなければ

自分の 「陰」 は できなかった

自分は 「存在」 すらしていなかったんだ



自分も「他人」だ というのもありました
http://ameblo.jp/mitsulow/entry-11457827860.html


家族も 坂東玉三郎も 他人 だけど

「自分」も同じように他人だ


だから、他人の明日がどうでもいいように

自分の明日もどうでもいい


何だか気が楽です


***


暖かくなってきて もう編み物でもないのだと思うのですが

なかなか 動けない

とにかく 家を出てしまえば 後は何とかなるのに


家にいる方が 安心なのか

どこでも たのしいのは 一緒とか

内も外もない と 思うのですが


いろいろ考えて 流れに乗れていない ような気がします


流れに乗れていないと 疲れる

そして、疲れた自分を あぁ今日も動けなかったなあと思う


いい加減、そんなことにも疲れてきました 怒


***


ずっと 何かしていないと と思っていました


価値がある(と思っている)ときだけ 満たされる

でも、価値がなさそうな状態になると 満たされない


「価値がある」は「何かしていると」の条件付きだから

「何かしている」がなくなると 価値がない に戻っていく


結局、根底に ”価値がない” があるから


”それ”は 行動では 埋められない


もう 身体が スペックが そうなっているから


それは 意志の力とか 気の持ちようとか 行動とか


そういうことでは 埋められない



***


同じように、
人を変えたい(何とかしてあげたい)と思っても

その人は そういう身体 スペックだから

「何かしてあげたら」 変わる ということはない


いっとき変わったようにみえても

根底が同じだから

またすぐに戻る


楽にしてあげることはできるけれど

救ってあげることはできない


***


『イティハーサ』を読み終わりました

kindle unlimited で少しずつ

たぶん 前に読んでも まったくわからなかったと思います


善であること 悪であること


「善」が「よい」のだと思っていました

人生の醍醐味は、人生を生きる意味は

「よい」をたくさん感じること



物事が思いどおりにいかないと

期待や理想が大きいと

うまくいかないことが 寂しかったり がっかりだったりするけれど


がっかりも いやな気分も 迷いも 疲れも


すべて わたしである



ようやく そうなんだと 思えるようになりました