続きです? | Brillānte

Brillānte

joy miracle wonder and love...

最近、自分の 「素晴らしさ」 について考えます。

「もっと自分を認める」   「自分を素晴らしいと思う」

よく言われ・耳にします


自分は、根本的にここがないのだと思いました

何をしても、自分が間違っているんじゃないかと思う

こんなに素晴らしいこと・すごいことが、目の前にあるのに

「そんなはず・わけないでしょ」

と (無意識に) 思ってしまう 


常に、人と比較していたようにも思います

「あの人はすごい (だから、自分はまだまだだ)」

常に、人との対象の中で、自分があった

だから、人から何か言われると、ぐらつく


人は、自分の世界に必要です
対象なくして、自分は成り立たない

でも、それは比較するためではありませんでした

比較をしても、何の意味もない

だって、もともと違うんだから

同じになど、なりえないのだから

***

最近、自分の 「不安」 を引き出す出来事が続いています

よく言われる 「あるけど、みない (別の方をみる)」

でも、無理に目を背けているような気がして、それも釈然としません



今朝、夫に言ってみました。

  「こわいんだ。もうどうしようもなく」 

夫は 「そうか」 と言ってくれました。


たったそれだけでした。

でも、私の魂は、たったそれだけで 心から満足して

不安のエネルギーはどこかに消えていきました


****

今まで、思ったことを口に出すのが苦手でした

「言っても仕方ないんじゃないか」
「場を乱すんじゃないか」


これも何かが 「こわかった」 

何が こわかったんだろうと 考えてみると


「拒絶」 されること ではないかと

そして、自分が傷つくことではないかと


***

今まで、きっと散々拒絶されていきたんだと思います

こどもの頃から  大きくなっても

人に  自分に


だからもうこれ以上、拒絶されたくない

自分の思いを否定されたくない

「そんなことないでしょ、もっと頑張って」 と言われたくない



もうこれ以上、傷つきたくない


***

以前は、自分を責めていました

頑張れない自分  こわいと思う自分

でも、こうなってしまったのは

私のせいではない と、最近思います

何かほかの影響・意志があったのだと


小さい頃、もともと自分は 「いるだけで素晴らしい」 と知っていたのに

「違うでしょ、違うでしょ」 と言い続けられて

それが苦しさを産み出していた子供時代だったのでないかと

***

だから、自分のやっていることに胸をはれない

これを 「好き」 な自分はおかしいんじゃないかと思う

人から、「ずっと片づけてるね~」 と言われると

責められているように感じてしまう


でも、私は不用品を片づけて、すっきりしていくのが好きなんだ

沢山の神社をまわって、不思議な心地よい体験をするのが好きなんだ


先日、山口智子さんのインタビュー記事で;

「主婦になりたかった。
やりたいことをやっていたら、あっという間に10年たってしまった」


主婦になりたい、でいいんだ…

自分が全肯定された瞬間でした  


***

大好きなまんが
よしながふみさんの 「きのう何食べた?」  で

ケンジがご飯を食べながらたわいもないことを話し

シロさんが 「そーか」 と相槌をうつシーンがあります


その 「そーか」  が妙に心に響いて

たった一言に、泣きそうになる

人間とは、不思議な生き物です



きのう何食べた?(4) (モーニング KC)/講談社
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