比較 | Brillānte

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joy miracle wonder and love...

試みで、いろいろなことをこちらに書かせていただいていますが…

今日は、以前自分のHPに書いた記事を…


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結局あらゆることは「比較」でしかないのかな、と思いました



誰かがしてほしいことをしてくれない、と感じるとき



子どもが言うことを聞いてくれないとき



でも、もし彼・彼女が重病から回復したばっかりだったら…?


または、自身がものすごい高額な宝くじに当たったとか…



おそらく、子どもの多少のわがままなど…




親に対しても、そうかもしれません


やってほしいことはいろいろあった。でも、してくれなかった。



…でも、当時の親にとっては、それがベストだった。


それが最善の努力の結果だった。それが精一杯だった。



しかも、考えてみると、やってくれたことはかなりたくさんある。



「失敗」と思うことがあったとしても

それにどういう「意味づけ」をするかだとよく言われます
(バシャールとか)


「それでよかった」と思えば、それでいい。

そういう現実として存在することになるのです。



先日も、習い事に10分遅れました。

以前だったら、「あぁすればよかった、なんでこんなことに…」


でも、出られるだけでいい。子どもも元気で、行かせてくれる。




本当にありがとう




それしかないのだと思います