どちらにするかよく迷うことがあります。
トマトソースにするか、ペペロンチーノにするか?
今日の会合に行くか行かないか?
…どちらでもいいのです。
要は、私が選んだ方が最善であると
そういう気持ちで臨むことが何より大切であると
以前は、よく迷っていました。
決めた後でも、いややっぱりあっちがよかったのではいかと
そんな中、娘曰く
ママ、目の前に食べ物さんが来たときはね。
他のことは考えないんだよ。あーがよかったとか。
食べ物さん、せっかくきてくれたのに、かわいそうだよ。
悲しくなっちゃうよ。
まさに、「あっちがよかったかも」 と考えている自分は
”自分”のことしか考えておらず
食べ物がある幸せ
いまここでこうしていられる幸せ
そういったものを全て無視して…
心理学講座で教わった話をいつも思い出します。
人間、欠けているものが大きく見える。
”完全な○” と ”ちょっときれめのある○”
目は自然ときれめにいってしまう
95%は、きれいな円なのに
いろいろ考え方がありますが
要は、どちらにしても一緒なのだと
行き着くところは、一緒で
そして、全てのことが一瞬の夢であるのだと
最後までお読みくださり、ありがとうございます![]()