"町の産婆さん"と聞いて、ピンっと来る人は今どれくらいいるんだろう。
私のおじいちゃんは、"町の産婆さん"にお家に来てもらって、家族に見守られながら生まれたそう。
実は、戦後まもないころは、自宅で生まれる赤ちゃんは多くいました。
そう、産婆さん(さんばさん)は、今で言うと助産師さんのこと。
赤ちゃんの誕生をお手伝いする人のことです。
今の世の中、「家で出産した」なんて言うと、ちょっと変わった人扱いをされるかもしれませんね。
でも私は、出産(=お産)の本来の姿って、日常生活の一部なんじゃないかな、っと思うんです。
でも。
大きな病院の実習でいろんなお産に立ち合い、
学生としてほんの少し、介助させていただいたとき。
どうしてもお産が非日常的なものに映ってしまいました。
ピカピカの医療機器、いろんな点滴、明るい照明、大げさなマスク・ゴーグル…
もちろん、それらは根拠をもって必要とされているもの、のはずですが、
お産を大きな病院に集めすぎるあまりに、どんな場合にでも対応できるよう、
お産=業務・作業化しているような印象がありました。
その人の"日常"の中にあるお産の実現はなかなか厳しいものなんだな、と。
そんな中。
ある助産院でお産の介助をさせていただいたときのことです。
クマのイラストが描いたエプロンに手袋一枚。
うすぐらくて落ち着いたベッドの上で。周りには家族がたくさんいる中で。
いつものように、顔なじみの助産師さんと甘えるように話をしながら。
ゆっくり、ゆっくり、陣痛を乗り越えて、新しい命、家族を迎え入れる光景を目にしました。
こんなお産もあるんだ…と。感動しました。
これが、おじいちゃんたちの時代の当たり前の"日常"=日本のお産文化なのかと、感じました。
助産院はちいさな規模であるがゆえに、お母さんとの関わりも密です。
産後のよろづ相談にも、その人の生活に沿って、応えてくれます。
というか、いつも味方でいてくれるんです。
もちろん、病院が担う役割も明確にあって、不可欠なものです。
緊急時には医者の技術や薬の力が必要なこともあります。
だけど、全お母さんをそこに当てはめるのは、きっと違います。
私は、日本のお産文化を守り続けていきたいです。
ずっとお母さん、家族の味方でいてくれる、第2の実家のような助産院が
住んでいる町にひとつある。
そんな世の中に、みんなでしていきたいです。
日本のお産文化を守りたい、復活させたい、
そんな思いから、"町の産婆さん"をキーワードに。
読んでくださった方、ありがとうございます。
<今日の野党!>
いまの時刻は、4時64分!4時64分!
「パラレルワールドっ!!」(笑)
※大好きな霜降り明星のネタです。