Machikita doko itta

Machikita doko itta

熱しにくく冷めやすい私がラテンの国で暮らしたら。。。

Amebaでブログを始めよう!
延長した期間も含めて2年3ケ月の活動を終えて

間もなくホンジュラスを発ちます


専攻科を修了したときに謝恩会でわぁわぁ泣いたくらいで

卒業式や送別会や先輩隊員を見送っても

じゃ また! 

と別れることが多かったけど

やっぱりそういうものとは違っていて

どうしようもない淋しさにおそわれました。


日本に帰る喜びを味わう間もなく成田に着いてしまいそうです。


いろんな方からメッセージをいただいているのに

バタバタとしていて返信できずにすみません。

日本からお返事したいと思いますのでお許しください。



年があけてからずいぶん経ってしまいましたが

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

医療行為が禁止されているこの立場でも

緊急事態になれば手を出してもいいということに私の中で決めている。

そういう時はたとえ私が看護師でなくても助産師でなくても

何かできるならば手伝いたいと思うだろうし、

そうやって行動するに違いないと思うから。


以前はこの国に派遣されているボランティアも

当たり前のように医療行為をしていて

もちろんお産の介助もしていた。

それが禁止されるようになったということは

やっぱりそれだけのことがあったということだと思うし

それは私たちがボランティアの立場として守ってもらっているということなんだと思う。


そうやってたくさん守ってもらっている立場で活動する機会をもらっておきながらだけど

ここ最近、手を出してしまう緊急事態に次々あたる。


最近いちばん多いのは肩甲難産というやつ。


赤ちゃんのからだの中で一番おおきな部位はどこかといえば

それは頭。


だから頭が生まれてきたら後はするっと といいたいところだけど

まんまる頭が出てきても、肩がお母さんの恥骨にひっかかってしまうことがあって

それが肩甲難産。


介助する側にもちょっとしたコツがあったり

産婦さんの体位を変えたりすることで赤ちゃんも生まれてこれるのですが。


肩のひっかかってしまった赤ちゃんを力技でひっぱりだそうとすれば

腕の神経を傷つけてしまったり、ひどいと骨折させてしまうことも。

かといって、そのまま長い時間がかかると赤ちゃんが亡くなることもあって

決してあなどれないものでもあったりする。


実際に最近も私の勤務していない夜間帯にお産があって

肩甲難産の末に赤ちゃんが亡くなっている。


言葉で表現するのは難しいけど

やりきれない。

介助した看護師も本当は心のどこかで傷ついているんだろうけど

疲れていきむのが下手だからこどもはうまれられなかったんだ とかいいながらお菓子をつまむ姿をみるとやるせない。


それだったらあんたがそこにいた意味はなんだったの?

少なくとも自分ができることがあったのかなかったのか考えたらどうなのか。

何もしない何もできないなら産婆さんと一緒にお産したって一緒じゃん。

もしかしたら分娩台を使わない産婆さんとのお産だったら

肩がひっかかることもなかったのかも。

(仰向けのお産は肩がひっかかりやすいから)



この国の特徴のひとつだと思うんだけど

なにかミスや事故があったときに、責任の所在を明らかにしてその人を責めて終わる。

次に同じようなことが起こらないようにどうしたらいいのか

それは個人的な問題だけではなくて、組織としてどうするか 

そういうことだと思うんだけどね。


保健所としてどう考えてどう対策をとるか

県の保健事務所も報告書を書かせたら

県としてどう対策をとるのかを考えて、それを地方の保健所にかえしていく。

それが県の役割じゃないのかって思うけど。


やらせるだけやらせて地方ではたらく保健所にかえってくるものが

非難の言葉だけだとしたら

そこから何を学ぶっていうのか。

自分を守ることに必死な看護師の態度が理解できなくもない。



看護師を責めたいのは子どもを失った家族だろうに。

彼らに、亡くなっていった子どもに捧げるものがあるとすれば

それがもう繰り返されないためにどうするかを誓うことだろうに。


お腹の中や生まれてすぐに亡くなっていく子どもでも

役割を持って生をうけ帰っていくというけれど


この国でたくさんの子どもが亡くなっていくのは

たくさんできることがあるから。

たくさん変えることがあるから。

それを知らせるために生をうけている。

そういうことだろうか。




昨日の夕方

ほんとうに2年半ぶりでがっつりお産を介助。



私がなんで何度もお腹に触れて子どものポジションを確認してるのか


私がなんでこれまでのお産の話しを詳しく聞いてるのか


私がなんで血圧確認してるのか、私がなんでお腹に手をあてているのか


普段はあえてあれこれと説明しないことにしてるけど

緊急事態に手をだすと

あっという間にそれが看護師に伝わることになる。


この瞬間のために私はここにいたのか と思ったりする。


その瞬間がいつくるかもわからないけど

彼女たちのニーズが明らかでぴったりくると

私が動かなくたって彼女たちが自分で動いて求めてくる。


獲物が目の前にやってくるのをひたすらじっと待つ動物のように

日々の業務をこなしながらその瞬間を待ってる。


活動もいろんな切り口があって

本当はこういうやり方じゃない方法があるのかも。

きっともっといい方法もあるんだろう。

でも、今の私にはこれしかなくて、これで精一杯。


2年をここですごして

そうやって今、私がこの地でようやく築いた人間関係のなかで

できることはこれが精一杯。


でも、これでいいんだと今は思う。


あとは後任の隊員にまかせちゃおう。。



昨日かかわった四つんばいのお産。

差し出した手のひらにずしっと感じた子どもの頭の重さ。

あの重さ。誰かに伝えられただろうか。


そういえば今年もアキヤマさんの写真をつかいましたー

と何かのついでに事務所のスタッフさんから一言。


Machikita  doko  itta

新聞に載ってました。


「そういえば」「何かのついでにの連絡」でお分かりのように

新聞にのってしまうようなスバラシイ活動を展開!!とかいうのではありません。


事務所の人いわく

白衣きてると様になるから 

あ、私がかわいいからとかいう訳じゃないのね。


今後、他の保健医療隊員には白衣の着用をすすめていく予定だそうです。

広報も大切だからね。


Machikita  doko  itta  

私はマスク着用をすすめています。
隣の彼女は看護学校の制服着用中。白にベージュってなかなかいいと思う。