父の遺品整理に疲れはて

ひとときの癒しを求め

近場の立ち寄り湯に行く


平日の昼下がりの露天風呂

たった一人、初老の婦人が先客


その日の私は

なんだかとても人恋しくて

青い空を仰ぎながら

のんびりと四肢を伸ばし

幸せそうな彼女の

柔らかい面差しに魅せられ

思わず声をかけてしまった

「気持ちいいですね…」

「ええ、ホントに!いい気持ち」

それから始まるたわいない会話

お互いに一人暮らし

人生の大先輩の彼女は74歳

趣味は

何ヵ所かの近場の温泉を

週に二、三度巡る事

そして人の為に

色々と動く事が好きらしい

明日は癌になった知り合いの

病院へ付き添うと言っていた


明るく感じ良い彼女につられ

打ち明けるつもりもないのに

つい先月父を亡くした事

三年半前に娘を喪った事などを

いつの間にか
ポツリポツリと話していた

すると一瞬間があいて

「実は私もね、昔娘を死なせたのよ」

思いもかけぬ彼女の言葉

私は思わず息を飲んだ

そんな私の戸惑い顔に

彼女は微笑みながら続けて言った

「でもね、親より先に逝く子はね
魂が親より
ずっとずっと上の位置にあるからね
先に逝ってしまったのよ

もうこの世で苦労をしなくていいから
神様がおいで、と連れて還ったのよ

だから私は悲しまないの

あの子はとってもいい子だったから

貴女の娘さんも
いい子だったでしょ?

また彼方で逢えるから

あの子にまた逢うために

これからはね、誰かにありがとう
と、言ってもらえる人生を送るつもりなのよ。

そして
貴女はお父さんを
ちゃんと送ったのだから
今は自分へご褒美をあげるつもりで
生きなさいな」


見知らぬ同士が

小さな露天風呂で交わした

たわいのない身の上話し

もう二度と
会う事もないかもしれないけれど

彼女の言葉のひとつひとつが身に染みる


こんな私にご褒美を
自分に与える人生を過ごせなんて


彼女の優しく毅然としたその言葉は

行き詰まった心の置き場も

罪悪感も虚しさも

そして何より

ひとりぼっちの孤独感

私が抱え込んだ

そんな全てに答えをくれた


ふと気が付く

心がさ迷うそんな時

誰かが手を差しのべてくれる

誰かの言葉に救われる


昼下がりの露天風呂で

偶然出会った見知らぬ人

もしかすると

偶然ではなく

先に逝った魂達が

巡り会わせた必然なのかも


私の気持ちを
がんじがらめにしていた

呪縛のような憎しみも確執も

あたたかい湯のぬくもりに

とけて流れて消えていく

そんな気持ちにしてくれた

子どもを亡くしたゆきずりの
二人の老女の身の上話し

ほんの十数分の短い会話

見知らぬ同士だからこそ

打ち明けあった胸の内

冬の日の湯煙のお伽噺

ささくれた心の傷に

私が貰った 人薬…

ありがとう  N