何故こんなわけのわからないことを書いたのか。
吉田さんがさっきから、アゴの方を上向きにしたままものすごい速度でブログ内を上下に往復している。
暇なんだろうな・・・きっと。
さて、今日は今月の作文をご紹介しようと思う。
正直今回の作文は少し題材が難しい気がする。 俺が中学生でも何を書いていいやらわからなかっただろう。
まずは下の詩をじっくり読んでいただきたい。
かぼちゃのつるが 原田友直
かぼちゃのつるが はい上がり はい上がり
葉をひろげ 葉をひろげ
はい上がり 葉をひろげ
細い先は 竹をしっかりにぎって
屋根の上に はい上がり
短くなった竹の上に はい上がり
小さなその先端は
いっせいに 赤子のような手を開いて
ああ 今 空をつかもうとしている
この詩を読んで感じたり考えたりしたことを書きなさい、というのが今回の作文のタイトルである。
つるの先の葉を赤子の手と表現している点を挙げたり、反復法によってつるが伸びて行く様子を強調している点を挙げてみたり、
ようはかぼちゃのつるが竹に巻きつきながら伸びて行く様をこの詩がいかに表現しているかということを書けばいいのだろう。
さて、まずはかの有名なもん吉の作文からご紹介しよう。
もん吉の作文、タイトルは「かぼちゃのつるが」だ。
僕は、この詩しを読んで
しょっぱなから「し」がいらんー(((((((ーー;)
僕は、この詩しを読んで、思ったことは、かぼちゃがつるからできるまでで、
かぼちゃのつるがはい上がりはい上がりは、かぼちゃが目から出てきて、葉をひろげて
かぼちゃが大きくなって、細い先は、竹にかぼちゃのつるをからませて、
↑何故か改行
かぼちゃを大きくさせるために使って、僕は、かぼちゃは、どこまでつるがのびるのかと思いました。
目からかぼちゃボーンヽ(゚∀゚)ノ
そしてもん吉は作文用紙の6割をこの一文で使った・・・
僕は、先端は赤子ができて、かぼちゃの実もなって、
赤子もできて、かぼちゃは、またあたらしいく、かぼちゃができると思いました。
↑いらん
つるの先端に赤子が出来たー∑( ̄☐ ̄;)!! しかも二人ー∑( ̄☐ ̄;)!!
感想は、この詩を読んで、僕は、かぼちゃものつるがはい上がって、
↑いらん
かぼちゃも、大きく大きくなると思 ました。
↑消しゴムで消して直してない
最後までハチャメチャな作文・・・。
なんと300字の作文なのに『。』が3つしか使われないという快挙であった・・・。
次は久保田の作文である。
久保田と言えば以前何故かjiMuという名前でとんでもない作文を書いたが、今回もなかなかぶっ飛んだ作文を書いてくれた。
※前回の久保田の作文を読んでみたい方はこちら
へ。
久保田の今回の作文のタイトルは、「かぼちゃ」。至ってシンプル。
僕はこの「かぼちゃができるまで」をよんで、
勝手に詩の題変えたー∑( ̄☐ ̄;)!!
僕はこの「かぼちゃができるまで」をよんで、この原田友直とゆう人はなぜこんな
わけのわからないことをかいたのかと思いました。
わずか2行で作者を侮辱Σ(~∀~||;)
誰がそんなストレートな感想書けって言ったよ・・・。
しかも「ゆう」って。。。そりゃしゃべるときは「ゆう」って言うけど書くときは「いう」だからねorz
かぼちゃのつるがはい上がりとは、かぼちゃがせいちょうしているんだとゆうところがよくわかる。 ↑またやった
かぼちゃの葉は、たぶん赤ちゃんのことをさしているんだなあと思った。
逆やろ(°Д°;!?
赤子の手ってのがかぼちゃの葉のことを指してるんじゃねぇの∑( ̄☐ ̄;)??
最後のあぁ今空をつかもうとしている、とかいてあるところはなかなかいい言葉だと思った。
いいところはちゃんと褒めるんだwww
屋根の上にはい上がっているところは、太陽をつかもうとしているかんじだと思う。
僕は多分、この作者は頑張っていろんな物につかまって、
たすけられて夢をつかむとゆうことがいいたいんだと思った。
お、おぉ、なんか最後飛躍しすぎな気がせんこともないけど・・・まぁいいんじゃね?
そして最後の一文。
ぼくは、この詩は、いいと思った。
最初意味分からんって言っとったやんけー∑( ̄☐ ̄;)!!
いつの間にやら肯定派に回った久保田であった・・・。
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