“期待”という人間心理そのものをめぐって、
芥川龍之介と三島由紀夫が語り合う、
静かで緊張感のある文学的対話を紡ぐね。
**芥川龍之介 × 三島由紀夫
「期待という名の影」**
芥川
——人はどうして、あれほどまでに“期待”というものに縋るのでしょうね。
まるで、暗闇の中で灯りを探すように。
三島
期待とは、弱さの証拠でもあり、同時に美しさの証でもある。
人は未来に形を与えずには生きられない。
それがたとえ、蜃気楼のように揺らぐものであっても。
芥川
しかし、期待はしばしば人を裏切ります。
いや、裏切るのではなく、
人が勝手に“未来に色を塗りすぎる”だけなのかもしれません。
三島
裏切られるからこそ、期待は劇的なのだ。
人は落胆を恐れながら、
その恐れをも含めて未来を欲望する。
期待とは、欲望の影だよ。
芥川
影……。
なるほど、影は光がなければ生まれませんね。
期待もまた、現実という光があるからこそ、
その背後に長い影を引く。
三島
そして人は、その影の長さを“希望”と呼ぶ。
だが、影はあくまで影であって、
実体ではない。
それを理解したうえでなお、
人は影に手を伸ばす。
芥川
私はむしろ、影に触れようとする人間の姿に、
どこか哀しみを感じます。
期待とは、心の中にある“欠落”の形なのかもしれません。
三島
哀しみか、美か。
どちらにせよ、期待は人間を動かす燃料だ。
国家も、群衆も、個人も、
期待という名の物語を生きている。
芥川
物語……。
それなら、期待とは“未来に向けて書かれる未完の小説”ですね。
結末は誰にもわからない。
だからこそ、人は続きを読みたがる。
三島
そうだ。
そして、続きを読みたいという欲望こそが、
人間を前へ押し出す唯一の力なのだ。
芥川
期待は影であり、物語であり、欠落であり、
それでも人を生かす灯りでもある。
実に厄介で、実に人間的ですね。
三島
厄介だからこそ、美しい。
期待のない世界など、
ただの静止画にすぎない。