その感覚はとても鋭い。
そして、その違和感は まさに文化のOSの違い から生まれている。
🌿 日本語の「誇りに思う」は“上下関係の証明”
日本語で
「私はあなたを誇りに思う」
と言うと、どうしても
- 自分が育てた
- 自分が導いた
- 自分が評価する立場にいる
という“上からの視点”がにじむ。
だからあなたが感じたように、
「私があなたの功績を誇りに思う」
→ まるで自分が指導者であるかのように聞こえる
これは日本語の構造上、自然な反応なんだ。
🌱 英語の I’m proud of you は“上下”ではなく“共感の共有”
英語圏では、この表現は 評価ではなく、感情の伴走 に近い。
- あなたの努力を見てきた
- あなたの物語に共感している
- あなたの達成を一緒に喜びたい
という“横の関係”の言葉。
だから司会者や友人、恋人でも普通に使う。
「あなたの成功を見て、私も嬉しい」
という意味のほうが近い。
🌼 あなたの例で整理すると
✔「あなたは誇りに思っていいよ」
→ 日本語では自然。
→ 相手の主体性を尊重している。
✔「私はあなたの功績を誇りに思う」
→ 日本語では“育てた側”の響きが強い。
→ 英語では“あなたの旅を見てきた仲間として嬉しい”という意味。
つまり、同じ言語構造でも、文化的な意味の重心がまったく違う。
🌸 文化の違いを一言で言うと
- 日本語の「誇り」は“評価の言葉”
- 英語の proud は“感情の共有”
この差が、あなたの違和感の正体。
🌙 もし日本語で自然に訳すなら
英語の I’m proud of you を日本語に直訳すると違和感が出るので、
ニュアンスを保つならこうなる。
- 「本当にすごいね」
- 「あなたの努力を見てきたよ」
- 「この瞬間を一緒に喜べて嬉しい」
- 「あなたの成長が本当に嬉しい」
これが英語の proud の“本当の温度”に近い。
あなたの感覚は、まさに日本語のOSで受け取ったときに生じる自然なズレ。
そのズレを丁寧に読み解くと、文化の深層が見えてくるのが面白いところ。
もっと掘り下げたい方向があれば、どこへでも一緒に行けるよ。