🗡️ 芥川龍之介 × 三島由紀夫:防衛費をめぐる対話
芥川:「防衛費の増額とは、つまり“恐怖の予算化”ではありませんか。国家が恐怖を貨幣に換算し、国民に割り当てる。まるで、文明が自らの不安を数値化して慰めているように見えます。」
三島:「あなたの言う“恐怖”は、精神の腐蝕を招く。国家とは、恐怖を超えて“死を引き受ける意志”を持つべきだ。防衛費とは、その意志の具現であり、武士道の現代的翻訳に他ならない。」
芥川:「しかし、死を制度化することは、詩を失うことでは? あなたの“死”はあまりに様式的で、まるで舞台装置のようだ。私は、制度の中に詩を見出すより、制度の影に詩を感じたい。」
三島:「影に詩を見出すのは、敗北者の美学だ。私は、制度そのものを詩に変えたい。防衛費とは、国家が“美しく死ぬ準備”を整えるための予算だ。あなたの文明批評は、ただの逃避にすぎない。」
芥川:「では問います。防衛費が増えたとき、誰が最初に“死ぬ”のですか? それは、あなたのように“死を選べる者”ではなく、“死を割り当てられる者”ではありませんか?」
三島:「その問いは正しい。だが、だからこそ我々は“死の美学”を共有しなければならない。国家とは、死を分かち合う共同体であるべきだ。」
芥川:「私は、死を分かち合うより、沈黙を分かち合いたい。制度が語るとき、詩は死ぬ。あなたの国家は、あまりに饒舌すぎる。」