ディスレクシアを調べると、『空間』に関する表現が多いんです。

左右が分からない…ってのは、『空間』の感覚が劣ってる事による症状のひとつ…らしいんです。

対人関係でも、この『空間』感覚は問題となる…という表記を見たこともあります。

うーん、確かに。
なるほど台風

けど、Wikipediaで調べてみても分かるように、ディスレクシアには有名な建築家や、数学者、物理学者が多いんです!!

空間感覚が悪い人に立体建築ができるとは考え難く、私が大好きな数学も物理学も、空間で語り、空間で造る(敢えて、『空間を』にしてないんですが)学問です。

と思っていたところ、某団体のプレゼン資料をwebで拝見することができまして…

そこには、

『空間感覚に優れてる』と書いてあったんです。

真逆ですね目

まだ専門家ではないので、無責任な発言になっちゃいますが、

『空間』の感覚が、

ただ、

『違う』

んです…よね。

他の人が捉える様には、捉えないんです。

見えてる空間、存在する空間が、なんか違うんです。

優劣の問題ではない…んです。

ひとつ例を挙げるとすれば、私は小学生の頃から折り鶴が大好きでした。

連鶴といって、鶴と鶴が手をつないでたり、4羽が輪になってたり、鶴の上に鶴が乗ってたりするんですが、それを、折り目だけが載ってる本を見て、形にしてました。

本に書いてあるのは、一枚の折り紙の絵に、山線谷線の点線があるだけ。

それを見るだけで、立体にできた小学生ニコニコこれは、2次元から3次元の空間をイメージが見えてたから、だと思ってます。

けれど、左右は分からないんですから、劣ってるのも否めない…わけです。

で、ディスレクシアの子供に教育できる機会があるなら(数年のうちに私が実現させるべき課題なんですが)、とことん『空間』に、こだわりたいと考えてます。

『空間』の本質さえ見えれば、微分積分だって簡単なことです。(補足:計算は簡単じゃない、かもガーンけど今の時代、計算は計算機が…あせる)


ディスレクシアは、本質を感じる力が備わってるんだと、私は勝手に信じてます。