僕が25、26歳の頃、もし自分が40歳を過ぎたら、友部正人とかさだまさしばかりカバーして歌っていく方向にシフトしようかな、と(ふと)思ったことがあります。
吉田拓郎だったり、かぐや姫、伊勢正三、中島みゆきなんて、それこそ日本中に《我こそは○○の志を継いで歌う》《自分の青春の歌だ》と思い入れて歌う方々が沢山いらっしゃると思われます。剛とか尾崎とか省吾、ゆず、山崎まさよしオンリーって人もいそうですね。バンドなら誰それのコピーバンドとか、普通にある話ですけど、個人をカバーし続けるってのは心意気が違うようです。
僕は今も昔も、自分で歌を作って歌うのが面白くて仕方ないのですけど、それと同様に自分が好きな歌手やバンドの歌って、やはり歌いたい。好きゆえに歌いたくて仕方ないってモノでして。
でも、僕の大好きな友部正人のナンバーばかりを歌う人とか、さだまさしとか小椋佳ばかり歌うような、そっち方面の専門家(?)って、僕の周囲にはあまりお見かけしません。曲単位なら一、二曲をレパートリーにしているとかあっても、全曲その人オンリーって層は薄い印象あります。
なので、自分がもしやるのなら、そっちもアリだな、と思ったのですね。無責任に楽しそうだし、40歳過ぎた辺りで自作歌を突き詰めるのがキツクなることがあれば、カバー選任で楽しもうかと。
で、40歳をあっという間に越してしまって、自分が50歳にボチボチ手に届きそうになってくると、じゃ50歳からカバー専門にシフトしようかなー、とか、そういう自身の絵は全く見えて来ない。この調子だとおそらく、還暦を過ぎても新しい自作歌にこだわって歌ってるのだろうな、と思われます。
カバーは好きゆえに歌いたい、ってのは今でもあるけど、僕以外の誰か、友部正人カバーオンリー小椋佳オンリーで、もし出てきてくれたらすごく嬉しい。いるならすごく観てみたいですもの。
GWに部屋の片付けをしていた時、ずっと見つからなかった小椋佳の生前葬コンサートの録画が出てきたので、今日は昼間っから観返しておりました。
僕は小椋佳の楽曲と、その凛とした歌声のファンです。小椋佳の言葉と旋律で編まれた歌は、編み目の事細かさ、美しさ、すべてが職人技の最高のモノだと信じます。もう脱帽。どうあがいてもこのレベルに自分はなれない。とても敵わないけれど、これを耳にくぐらせることで、絶対的な滋養を得てるのです。
世俗的なJ-POPで毒された感覚が、小椋佳を聴くことで毒が抜けるかのように思えます。本当に美しい構築物を前にして、その感動で自分の血がキレイになってしまうような感覚です。
僕はこの録画では星勝メロディの二曲、「君はそれ以上」「流されはしなかった」が大好き。小椋佳のスタンダードと呼ばれる名曲に全く劣らない、本当に良い歌です。いつか、歌えるものなら歌ってみたい。
たまに、自作歌と平行して、時々カバーオンリーのステージとかやったらいいんじゃない、と言ってくださる方もいますけど、僕は、今のところそれはないんです。自作歌にカバーを混ぜるセットリストは組みますが、カバーオンリーをマシスがやるなら、自作歌をもっともっと極めたあとでないと、自軸がブレそうで怖いってところがあります。
マシス

