前記事の本章です
前記事に登場した発言小町トピ主、いま、メデタシメデタシを迎えているのですかね
彼女の母親が悔悛し、彼の両親に心から謝罪すれば
彼の母親は息子の結婚により娘が出来るを喜んでいたというから
結婚認められる望みは十二分にあるでしょう
今日、酷暑疲れetc.でフラフラ、それでもネタ探ししていたら
夫には秘密!9%の女性「夫は自分の子どもが浮気相手との子どもであることに気付いていない」
2013年06月20日 10時32分配信 マイナビウーマン
アメリカのデートサイト「Ashley Madison」が浮気経験のある女性102,137人を対象にアンケートを行った。結果なんと9%の女性が「夫は、自分の子どもが浮気相手との子どもであることに気付いていない」と回答している驚きの結果となった。
浮気をしている女性の多さにも驚きだが、浮気相手との子どもだとも知らずに父親業に専念している父親たちも存在しているという事実を、不憫に思わずにはいられない。
そして、「浮気相手との子どもを身ごもってしまったかも」とハラハラする女子が急増しているとの調べも出ている。アンケート結果によると「産んだ子どもが浮気相手との子どもの可能性がある」と回答した女性は16%もいた。そして、その16%のうちの73%が「一番下の子」だという。
また、同サイトには、浮気をするために登録する人も多いのだが、「父の日」の翌日月曜日には登録者が一気に増えるのだという。その数はなんと23,649人にもなり、これは通常の月曜日の3.5倍の数になるそうだ。なぜ毎年そういう傾向にあるのかは、専門家にもわからないそう。いずれにせよ、複雑な気持ちになってしまうのは間違いない。
この事実を皆さんはどう思いますか?
( http://kirei.biglobe.ne.jp/news/detail/20130620103242_esr20130620_162811 )
どう思うもクソもあるか
オンナを一匹残らず、永遠に消えないフシダラの刻印押して生き地獄味わわせたれ
可能なら、相手する奴も同罪ということで、オトコとして使い物にならんようチョン切ったれ
『緋文字』(ひもんじ、英: The Scarlet Letter)は、ナサニエル・ホーソーンによって執筆され、1850年に出版されたアメリカ合衆国のゴシックロマン小説であり、多くの場合ホーソーンの代表作であると考えられている。17世紀のニューイングランド(主にボストン)のピューリタン社会を舞台に、姦通の罪を犯した後に出産し、その父親の名を明かすことを拒み、悔恨と尊厳の内に新しい人生を打ち建てようと努力する女性ヘスター・プリンの物語を描いている。この物語を通じて、ホーソーンは神の赦しと律法主義、罪悪についての問題を模索している。
( Wikipedia:『緋文字』より引用 )
『「緋文字 あらすじ」について教えてください。』
( http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1133993036 )
男女とも、己が罪深いを自覚していた
自分の行為が罪なら、その結果は善となり得ず、従って、ハッピーエンドにゃ絶対ならん
知恵袋回答には、「映画版ですが、原作と変わりませんよ。」
そうだっけ?自信ないが、1995年米国版なら、デミ・ムーアが自分の好みで話少しいじったような?
ま、ゲーリー・オールドマン格好良かったに免じて、神さんでないが赦す
(1973年ドイツ版、これも違う気がする???)
とにかく、どこのドラ猫かわからん骨の養育費を、純情な亭主に払わせる、末世の現代とは違うのさ
「将来、息子の彼女の両親に会ったら、嫁が相手の父親見て動揺する。そんな事態起きるかも」に対して
「アンタ、TVの見過ぎだよ。そんなドラマみたいな話、現実にはねえよ」と鼻で笑う横レス書かれたりするけど
広いようで狭い部分が多々見られる人の世、どんなに低い確率でも可能性は捨て切れないぜ
実際、先日別件での検索中、それと知らずに出逢っちゃったが想像以上に多いを知ったわ
夫婦が離婚後一切の接触持たないまま、離婚当時幼かった子供が兄弟姉妹の存在知らず生き別れしていたら?
親の離婚により子供の姓が変わっていたりすれば、兄弟姉妹と赤の他人として出逢う可能性あるでしょ?
母親の再婚後に生まれた息子が、母親が手放した前夫との、結婚して姓変わった姉の娘、同年齢の姪ともね?
某セレッソ応援団が、いまどきの親についてアレコレ話している時
「おねーさん、そういう親はね、自分の行為の先々まで考えてないんすよ
法に触れないかもしれないけど、子供の将来に悪影響及ぼす恐れ持つことある、わかってないの
結局、子供に恨まれる形でのシッペ返し食らうのに、バカだね」
一人娘がお嬢様学校を卒業して、大企業に新卒で就職出来て、イケメン上司から求婚されても
上司が年長は年長でも、部下のママが若気の至りで離婚し手放したお兄ちゃんだったら?
兄妹が泣き別れた後も生涯、心に傷負い、世俗か修道院のどちらかで独身通すかもね
先日別件での検索というのは、近親婚に関する世界の考えを調べていたのさ
親子婚はさすがに、合法には認められていないものの
mathichenさんの愛するドイツでは、叔姪婚が合法だってよ
スウェーデンに至っては、異母もしくは異父の場合に限っての兄弟姉妹婚が認められてるわ
二親等と三親等、これらを認める背景には恐らく
血の濃さを踏まえた、子供儲けるより男女の愛が焦点の結婚を認識しているという前提あるのでは?
アメリカでは、いとことの結婚は25の州で禁止されている。また、別の6州では特殊事情の下でのみいとことの結婚が許可されており、例えばユタ州は双方の配偶者が年齢65歳以上もしくは年齢55歳以上で性的不能に関する証拠を持つ場合に限定して可能となっている。残る19の州及びコロンビア特別区では2008年現在、いとこ婚は制限無しで許可されている。
( Wikipedia:『いとこ婚』より引用 )
四親等以降、従兄弟や従姉妹だと、近親者の意識や忌避感が薄いの前提で、年齢制限設けている気がする
何故、近親婚に関する検索やってた?
‘悪魔が来りて笛を吹く’、この比較研究のためさ
(実は他にも理由あるが、それは未完の研究のため、内緒にしとく)
1951~53年連載の原作、1977年TBSドラマ版、1979年東映映画版のね
なお、これはネタバレ記事なので、堂々と書くと(物語知らん人、いま知りたくないなら、ココで逃げろ)
1996年フジテレビ版、片岡鶴太郎の金田一版、あれは生まれ変わっても認めんぞ
兄と妹やから、悲劇起きるんやろ
従兄妹やったら、合法の保証ある以前に、ドラマ観てるかもしれん幸福な従兄妹夫婦に失礼思わんか?
さよう、兄と妹が知らずに出逢っちゃう悲劇、それが‘悪魔が来りて笛を吹く’
いや、そんな単純な話じゃないか
三島東太郎、本名:河村治雄と、堀井小夜子
戸籍上は叔父と姪だが、血縁関係持たず、年齢は同じ、父親知らない境遇も似ているので
一説によれば、血縁と知らない同士でも、他人同士以上に魅かれ合う傾向あるらしく
似た者同士で相思相愛になったら、何たる酷い運命よ…
一線越えた後になって、実の兄妹から生まれた兄が、同じ父親を持つ妹と知れるなんて
映画版では、設定を変え、原作では自ら命絶った妹が生きていて、彼女が、実の兄妹から生まれた子に
いずれにしたって、絶望するしかない悲劇に変わりない
先代の兄妹、新宮利彦と椿秋子とは大違いなんだよ
( * 秋子は本来、火偏に禾だが、一部の日本語環境で表示出来ないため、代用漢字)
こちらは、華族の家族として育った兄妹で、確信犯だもん
しかも利彦は、兄妹の閨房を垣間見た小間使いの口封じすべく、その夜に手籠めにして孕ませたカス男
もう一つオマケに、利彦は秋子に譲られた財産狙いあって、性懲りもなくの恐れがいまだに残る
これじゃぁ、兄妹の伯父に当たる玉虫伯爵が、姪の身を案じ、無理やり同居するのもわかるわ
秋子は何しろ、浮世離れしたお姫様に加え、見た目に合わぬオトコ好き
カラダ知る、もとい、勝手知る、狡猾なお兄様に言い寄られてみい、ひとたまりもない
事実、利彦は、周囲のガード堅い秋子と二人きりになれる状況を画策し成功したじゃん
その時には、東太郎(映画では、女中のお種=小夜子も加わる)が、椿邸にいて目撃したんだぜ
両親への復讐狙っているとはいえ、いざ「オマエら、性懲りもなく…」を目撃してみろ
自分の生まれを知り、自分は兄の子供産めなかった、小夜子の心情を考えてみろ
利彦と秋子はどちらも、煮るなり焼くなり炙るなり、ギッタギタに料理されるのが因果応報なのよ
原作には、作者の断りとして
「以下三十章にわたって諸君が読まれるところのものは、全部作者の空想によるものである。
たまたまこれを読まれる諸君のうちに、これと似た事件を連想される人があったとしても、
それはこの小説となんの関係もないことをあらかじめ明記しておく。」
これは推察するに
小説内で、昭和22年1月に起きたとされる天銀堂事件が
執筆当時すでに起きていた、昭和23年1月の帝銀事件を連想させるからでしょ
とはいうものの、椿邸を襲った怨念の背景も、少しは?
個人的には、非常に低い確率でも起き得る悲劇であるを思うと
親が自分の過去を抹殺し、子供が辿れない状況が生まれる、崩壊家庭多い現代を思うと
本当、親の因果が子に巡り…、場末の芝居小屋の出し物が現実に起きるかも
離婚しても親子一族往来する良好な関係が理想だが(そのため、自分が一番の後妻や後夫はもらうな)
絶縁するならするで、横溝ミステリーの定番アイテム、家系図残しとけ
母親にすらどのオトコの骨か不明な子孕むな孕ませるな
皆様ほれメモメモ
独断と偏見を追記すれば
椿秋子、彼女を演じた女優のサイコーはやっぱ、1979年映画版の鰐淵晴子だぜ
上のポスターに、艶然と微笑む白いドレスの美女だ
原作のイメージは、いちま人形のような、小娘みたいな派手なお召し似合う日本美女
一方、鰐淵女史は、母親がドイツ人とあって、西洋人形の妖しさを醸し出す
全く正反対ながらも、秋子は実兄をも魅了する魔性の女から見て、鰐淵女史がハマリ役ですわな
先述の通り、映画版での『罪の児』、東太郎でなく小夜子
手持ちの脚本に齟齬が見られるけど、ま、イイや
ただ出来れば、東太郎が生まれて欲しかった
鰐淵女史から生まれるのが、向かって右に立つ宮内淳でなく、TBS版の沖雅也であれば、文句なし
ボン刑事でなく、スコッチ刑事がいい(この行わからなけりゃ、‘太陽にほえろ!’)
コミカルな役も巧かったが、どこか暗さ拭えない沖雅也が、『罪の児』にハマる
鰐淵女史と沖雅也ならば、『魔性の母子』に打ってつけと断言してやる~






