ニューズウィーク日本版 2月4日(月)11時22分配信
インターネット時代、スマートフォン時代になって、我々はいつの間にか、以前にはなかったような無礼ではしたない振る舞いをするようになった。
その1つがいわゆる「ショールーミング」、小売店をショールームのように利用することだ。店では商品を見るだけで、実際の購入は自宅のパソコンなどからショッピングサイトにアクセスして行う。
もちろん、これは今に始まったことではないのだが、問題はそのやりかたが昨今どんどん露骨になってきたということだ。
アマゾン・ドットコムがインターネットで本を売り始めた当初から、本の中身は店頭の立ち読みで確かめ、注文は家に帰ってアマゾンでする、という人はいた。だがその頃は、「本屋さんに悪いな」という気持ちが少しは働いていた。それでもアマゾンで買ったのは、安いアマゾン価格を前にして背に腹は代えられなかったからだ。
ところが今は、この「クリック購入」を本屋の中でもスマホを使ってやるようになった。はたして、「できるから」といってやってもいいことか。傍若無人のふるまいと思われるのだが、どうだろう。
こうした行為を決定的に後押ししたのが、アマゾンが出しているアプリ「プライスチェック」である。カメラ付きスマートフォンにダウンロードする。店に気に入った製品があれば、そのバーコードを写真に撮るだけですぐにアマゾンのサイトへ飛び、その商品のページが表示される。たいてい、アマゾンの方が安いので、その場ですぐにクリックして購入という流れになるわけだ。
この手のアプリを出しているのはアマゾンだけではなく、他にも数々ある。小売店側から見れば実に迷惑で失礼な話だ。選りすぐりの品揃えが自慢のセレクトショップがあるとしよう。客はあれこれ試着したり店員に物を尋ねたりした挙げ句、スマートフォンを出してシャッターを押してクリック。そのまま何も買わずに帰ってしまう、ということも日常茶飯事になっている。
このトレンドが最高潮に達したのは、昨年の年末商戦だったかもしれない。どの店でも、客の手にはスマートフォン。以前なら商品名を記憶だけして自宅でネット検索するなど、「隠れてやる」という意識があったが、今はそれもない。価格の力学の前にはわずかばかりの礼節も吹き飛んでしまった感じである。
もう1つ、これもかなり失礼ではないかと思うのが、インターネットを利用したカメラのモニターだ。カメラが捉える画像を、遠い場所からインターネット経由でモニターするもので、よく子供がいる家庭で使われる。多くはベビーシッター監視用に使われる。ベビーシッターと赤ん坊がいる部屋にカメラを設置し、会社務めをしている母親などがオフィスから時々チェックするためのものだ。なかには照明器具や置物にカメラが隠されているものもある。
心配で仕方がない母親の気持ちはわかる。ベビーシッターによる虐待事件などが起こる中では、監視したくもなるだろう。だがこれもベビーシッターの立場に立って考えると、とてもイヤな話である。もちろん彼女たちは、そんなモニターがあることなど知らされていない。監視されて当たり前と見なされることを、彼女たちはどう感じるだろう。隠れてモニターすることは、ひょっとすると人権にも関わる問題かもしれない。
またレストランへのオンライン予約も一般に失礼と思われていた時期が、ほんの短期間だがあったように思う。それまでは電話で予約を入れて、自分の声と話し方で「私はこういう者ですが」とまずこちらの名刺を差し出すようなところがあった。そこから伝わる人柄のようなものを相手も了解して、予約を受け付けるという手順を踏んでいた。だが、オンラインではそうしたやりとりがない。
今では、オンライン予約サイトなしの生活など考えられないくらい便利で身近な存在になっている。だが、その便利さを悪用して予約のドタキャンを繰り返す例がアメリカでは増えている。アメリカ人には以前から、何カ所ものレストランを同じ時間に予約しておいて、その時の気分で実際に行く場所を決めるという非常識な人がよくいるのだが、これがオンライン予約になってひどくなっている。相手と話さず、クリックひとつでできるので、どんなギリギリのドタキャンも心理的な抵抗がない。
なかには、キャンセルの連絡さえせずにただ現れない、という人も多い。レストラン側も、防衛のために10分遅れただけでテーブルを他の客に譲ってしまうことも多い。とてもドライな関係だ。
ドライで便利であることにも価値はある。ただ、おいしいものをこれから誰かと一緒に食べに行く楽しいイベントの序奏の部分が、まるで電気のスイッチのようにそっけない。便利さを差し置いて悠長なことなど言っていられないのかもしれないが、サンフランシスコでも頑固で優秀なレストランの中には、今でもオンライン予約システムを使っていないところがいくつかある。これはさすがだ。
もちろん、その他にも失礼なことは数えきれないほどある。講演会の最中にラップトップやタブレットでメールを見る聴衆。誰かと食事をしている最中にスマートフォンを操作するなどもはや当たり前だ。フェイスブックで友達の友達がわかってしまうのも、以前ならば「相手の交友関係を詮索する」という失礼な行為にあたったはずなのだが、今は「ネットワーク」ということで許容されている。
テクノロジーも進化するし、それによってわれわれの認識も変化する。ショールーミングによって、それに対抗した新しい小売店のビジネスモデルも出始めている。オンラインでは売ってないものを揃えるというのも、そのひとつだ。
しかし、テクノロジーに身を任せていると「だって、できるんだもの」ということが、限りなく出てくる。それにしたがって、失礼な人とそうでない人の見分けもつきにくくなっている。そんな環境では「これはいいけれども、こちらは止めておこう」といった判断は、もう自分の価値観を確かめながら自分でやるしかない。
瀧口範子(フリーランス編集者・ジャーナリスト)
( 出典先:Yahoo!ニュース )
以上のニュース読んで思い出したのが、2012年1月11日ウェブリ休憩所記事
【ブログネタ:携帯を持つようになって失くしたモノは?】
2012年5月29日Yahoo!独話別館記事一部を補足して、以下の文章中央寄せ部分です
スマホ宣伝イラスト見ての通り、お行儀でしょ
携帯眺めながら食事は見苦しいの一言
百歩譲っても、箸を置いて携帯眺める→携帯置いて食事に戻る
どう食べようが自由じゃんなんて言い草は断じて許しませんよ
小娘青二才の場合、最低限のケジメつけられない以上
人間育てる親になる資格一切無し、絶対に子供作らないで下さい
公共の場で子供騒がせても平気になりかねませんからね
実際、ファミレスで隣席へチョロチョロ近づいた幼児がいて、両親は知らん顔
お祖母ちゃんが謝ってくれたけど、養育権持たぬ存在からでは意味ありません
というか
デート中にそれぞれの携帯眺めている類のカップル
相手と真剣に向き合っていないのに、つき合う意味ある?
デートで終わろうが、結婚に至ろうが、上手くいくとは思えねえや
「こんなはずじゃなかった(泣)」は当たり前の展開
「生まれ育った環境の違い乗り越えられなかった」という言い草も通用しませんて
携帯に休憩時間与えたくなかったら、死ぬまで恋愛もどきごっこ続けてクタバレ
携帯眺めながら食事は見苦しいの一言
百歩譲っても、箸を置いて携帯眺める→携帯置いて食事に戻る
どう食べようが自由じゃんなんて言い草は断じて許しませんよ
小娘青二才の場合、最低限のケジメつけられない以上
人間育てる親になる資格一切無し、絶対に子供作らないで下さい
公共の場で子供騒がせても平気になりかねませんからね
実際、ファミレスで隣席へチョロチョロ近づいた幼児がいて、両親は知らん顔
お祖母ちゃんが謝ってくれたけど、養育権持たぬ存在からでは意味ありません
というか
デート中にそれぞれの携帯眺めている類のカップル
相手と真剣に向き合っていないのに、つき合う意味ある?
デートで終わろうが、結婚に至ろうが、上手くいくとは思えねえや
「こんなはずじゃなかった(泣)」は当たり前の展開
「生まれ育った環境の違い乗り越えられなかった」という言い草も通用しませんて
携帯に休憩時間与えたくなかったら、死ぬまで恋愛もどきごっこ続けてクタバレ
会社勤務の佐竹茂吉(佐分利信)は長野出身で質素な生活を好む。妻の妙子(木暮実千代)とはお見合い結婚だが、上流階級出身の妙子にとって夫の質素さが野暮にしか見えず、学生時代の友人たちである雨宮アヤ(淡島千景)、黒田高子(上原葉子)、姪っ子の山内節子(津島恵子)らと遊び歩いて憂さをはらしている。茂吉はそんな妻の気持ちを知りながらも、あえて触れないようにしていた。
ところが、節子がお見合いの席から逃げ出したことをきっかけに、茂吉と妙子が衝突する。妙子は口をきかなくなり、あげくのはてに黙って神戸の友人のもとへ出かけてしまう。一方の茂吉はウルグアイでの海外勤務が決まって羽田から出発するが、それを聞いても妙子は帰ってこない。茂吉が発った後、家に帰ってきた妙子にさすがの友人たちも厳しい態度をとる。
平然を装う妙子だったが、茂吉の不在という現実に内心は激しく動揺していた。そこへ突如茂吉が夜中になって帰ってくる、飛行機のエンジントラブルだという。喜ぶ妙子に茂吉はお茶漬けを食べたいという。二人で台所に立って準備をし、お茶漬けを食べる二人。お互いに心のうちを吐露し、二人は和解する。夫婦とはお茶漬なのだと妙子を諭す茂吉。妙子は初めて夫のありがたさ、結婚生活のすばらしさに気づく。一方、お見合いを断った節子は若い岡田登(鶴田浩二)にひかれていくのだった。
( Wikipedia:『お茶漬の味』より引用 )
小津映画に登場する人物は皆、背筋伸ばして食事します
それはまぁ極端にしても、犬食い状態の輩には見習う価値大
食べると飲むは交互に、箸持ちながらおちょこグイッなども無いは、清々しいとくる
‘お茶漬の味’では、岡田と一緒にラーメン食べる節子が微笑ましい
彼女も上流令嬢とあって、人生初のラーメン?食べ方知らなかったのでしょう
いちいち彼の方を見ながら、麺を口に運んだり丼にコショウふりかけたり
小津監督は後に、「あまり出来のいい作品ではなかった」
「女の眼から見た男、顔形がどうだとか、趣味がいいとか言う以外に
男には男の良さがあるということを出したかった」
この言葉は
「男の眼から見た女、顔形がどうだとか、趣味がいいとか言う以外に
女には女の良さがあるということを出したかった」
ともいえますよね
もっとも相互理解はどういう関係においても難しい
毎日顔眺めている夫婦でさえ、異文化コミュニケーションが日常であります
従って
毎日携帯ばっか眺めているバカップルには、相手は永遠に合体不能な異星人
携帯を持つようになって失くしたモノは?
『一方的な情報に頼るあまり、丁々発止繰り返して人柄を測る眼』
ほれメモメモ
ところで、PCや携帯が普及するようになって以来、若い衆の読解力がガックシ落ちたそうな
手書きと違い、ボタンをピッピッと押すだけだと、脳ミソ前部のどっかが低下するんだって
で、企業の中には、研修を携帯持ち込み禁止の合宿で行い、新入社員の手書き能力を篩にかける所あるとか
何年か前、関東の中小工場で、その規模の会社としては莫大な100何十万円の損失出したのは
作業員に配られたマニュアルに書かれていた『差異』を、23歳の大卒兄ちゃんが理解出来なたったためと聞くと
大学までの莫大な学費を親に損失させもしたわ、だから紙切れの学歴は信用出来ないのよっての
米国には、次のような感動的なお話
彼女(仮称:ナンシー)は別に豪華レストランデートを希望してはいないものの
彼(仮称:シド)が何故メニューも見ずに手軽なチーズバーガーだけ注文するのか、デートのたび気になっていた
ある日のいつもより費用かけたデートでも、ウエイトレスが差し出したメニュー開かずに「チーズバーガー」
転機は訪れた。ウエイトレスは冷淡な口調で、「当店では扱っておりません」
戸惑うシドを見かねたナンシー、「ねえ、たまには他の物を食べましょうよ」とメニューを開いてやると
シドは追いつめられた表情で、しかし思い切って、「ナンシー、ボクは、ボクはね…字が読めないんだ…」
シドは幼い頃、病に罹り小学校を休学、復学した時には同年齢たちから勉強がはるかに遅れていた
ほとんど読み書き出来ないのをからかわれ、孤立感からやがて高校以前に退学してしまった
読み書きが必要無い仕事に就き、何とか暮らせるものの
外食では、メニュー見なくても済む、米国の小さな食堂では普通に食べられるチーズバーガーしか頼めなかった
恥ずかしさで顔を伏せるシドを見て、ナンシーは優しく「それじゃ、これから一緒に勉強しましょ」
視覚で覚える要素強い読み書きは、吸収早い子供時代でないとかなり骨を折るが
ナンシーが辛抱強く寄り添って教えてくれたおかげで
シドは読み書き完全マスターのみならず、高等教育も突破、立身出世しましたとさ
それはまぁ極端にしても、犬食い状態の輩には見習う価値大
食べると飲むは交互に、箸持ちながらおちょこグイッなども無いは、清々しいとくる
‘お茶漬の味’では、岡田と一緒にラーメン食べる節子が微笑ましい
彼女も上流令嬢とあって、人生初のラーメン?食べ方知らなかったのでしょう
いちいち彼の方を見ながら、麺を口に運んだり丼にコショウふりかけたり
小津監督は後に、「あまり出来のいい作品ではなかった」
「女の眼から見た男、顔形がどうだとか、趣味がいいとか言う以外に
男には男の良さがあるということを出したかった」
この言葉は
「男の眼から見た女、顔形がどうだとか、趣味がいいとか言う以外に
女には女の良さがあるということを出したかった」
ともいえますよね
もっとも相互理解はどういう関係においても難しい
毎日顔眺めている夫婦でさえ、異文化コミュニケーションが日常であります
従って
毎日携帯ばっか眺めているバカップルには、相手は永遠に合体不能な異星人
携帯を持つようになって失くしたモノは?
『一方的な情報に頼るあまり、丁々発止繰り返して人柄を測る眼』
ほれメモメモ
ところで、PCや携帯が普及するようになって以来、若い衆の読解力がガックシ落ちたそうな
手書きと違い、ボタンをピッピッと押すだけだと、脳ミソ前部のどっかが低下するんだって
で、企業の中には、研修を携帯持ち込み禁止の合宿で行い、新入社員の手書き能力を篩にかける所あるとか
何年か前、関東の中小工場で、その規模の会社としては莫大な100何十万円の損失出したのは
作業員に配られたマニュアルに書かれていた『差異』を、23歳の大卒兄ちゃんが理解出来なたったためと聞くと
大学までの莫大な学費を親に損失させもしたわ、だから紙切れの学歴は信用出来ないのよっての
米国には、次のような感動的なお話
彼女(仮称:ナンシー)は別に豪華レストランデートを希望してはいないものの
彼(仮称:シド)が何故メニューも見ずに手軽なチーズバーガーだけ注文するのか、デートのたび気になっていた
ある日のいつもより費用かけたデートでも、ウエイトレスが差し出したメニュー開かずに「チーズバーガー」
転機は訪れた。ウエイトレスは冷淡な口調で、「当店では扱っておりません」
戸惑うシドを見かねたナンシー、「ねえ、たまには他の物を食べましょうよ」とメニューを開いてやると
シドは追いつめられた表情で、しかし思い切って、「ナンシー、ボクは、ボクはね…字が読めないんだ…」
シドは幼い頃、病に罹り小学校を休学、復学した時には同年齢たちから勉強がはるかに遅れていた
ほとんど読み書き出来ないのをからかわれ、孤立感からやがて高校以前に退学してしまった
読み書きが必要無い仕事に就き、何とか暮らせるものの
外食では、メニュー見なくても済む、米国の小さな食堂では普通に食べられるチーズバーガーしか頼めなかった
恥ずかしさで顔を伏せるシドを見て、ナンシーは優しく「それじゃ、これから一緒に勉強しましょ」
視覚で覚える要素強い読み書きは、吸収早い子供時代でないとかなり骨を折るが
ナンシーが辛抱強く寄り添って教えてくれたおかげで
シドは読み書き完全マスターのみならず、高等教育も突破、立身出世しましたとさ
スマホでもAndroidでも、別に機械に罪はないんですよ
ソフト側、使う人間側の知性と教養がいまや、稚性と狂幼に満ち溢れているのが問題なのですってば
ブログ、mixi、Facebook、Twitterの他、Lineなんてもんまで?
コミュニケーションツールも多様化し、何かようわからん現代ですな
一つ確実に言えるのは、文章力が超低空飛行なのがブロガー名乗っていることでしょう
自己評価?ほっとけ(そりゃま、mathichenさんは自分で読んでも難解な文章書くけどね)
昨日、ヤホー知恵袋に、『彼とレストランで食事をしました。』
カップルが席に着くと、後から隣の席に4人のおばさんグループが着席
すると、質問者が注文したカツセットがテーブルにくると…
それを見た一人のおばさんが質問者のカツセットを指差し
「あのカツ見て思い出したんだけど…ウチのワンちゃんのウンチが最近よくないのよ~」
と犬のフンについて語り始め、カップルの食事中、ずっと犬のフンで話盛り上がった
…このオバハンじゃねえのか?だいぶ前に見たヤホー記事書いたのは?
何だっけ、ゴボウ料理の準備と出来上がりの写真を載せる記事に
「ゴボウは繊維質がどーたらなので、ウンコちゃん盛り盛り(orブリブリ)、健康で~す♪」
食べ物記事に…以前に、自分が洒落た表現しとる思うとるのか?脳内は不健康。誰でも頭イタイ話でしょが~
2011年、某スポーツメーカー女性社員がやらかしましたね
来店したJリーガーを新婚さんいらっしゃ~い♪どころかボロカスに書いて炎上
原文を読み彼女の背景を調べた時点で、「企業倫理以前に、こりゃ社会性ゼロの家庭育ちやわ」
と思っていたら、彼女は「書き換えられた」と、恐れ多くも2ちゃんねるに責任転嫁したらしい
当然の如く、ブチ切れた2ちゃんねらー各位より復讐された
これはこれで問題ある気がしつつも、結局、ねーちゃんの自業自得じゃん?
TwitterとMixi両方を退会したって、プロフィール公開した上での暴言じゃ…
行き着く所、ネット利用者の自覚と品性、ここに尽きます
「人間が自分で生み出した物によって、逆に支配され、非人間化していく」
これが、『自己疎外』の本来の意味ですが
「所属すべき集団から疎んじられ、相手にされない状況に陥る」
カップルや友人同士の会食中に、意味なくスマホいじくっているようじゃ、いずれ信頼を失うでしょう
もっとも、アナログ人間が死に絶えた時代、近未来には…
その時代の価値観しか知らず、知的好奇心にも欠け温故知新しない上に、人の話聞かないタイプが
現状では全く想像つかない鈍化を遂げ、社会から普通の大人と認められ
恐らく、現代以上に、「価値観は多様だ」「法を犯していなけりゃ、何でも自由だ」と態度デカくなる
…と、アタクシは見ています
だからこそ、口うるさいトシヨリが健在で、若くても物の道理わかる世代が多い間に
「どんな最新鋭の機械にも、使い手の人間力が問われる」
スマホ中毒を脳内革命する必要に迫られていると思いますね

