過去と未来が現在に交錯する艀 | mathichenの徒然なるままに

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mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
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THE ART OF AMÁLIA (Part 8 - Barco Negro, 1955)

ピエール(ダニエル・ジェラン)は銃を肩に帰宅したパリ解放の日妻の不義を目撃し反射的に発砲、裁判で無罪となったものの自分で自分を許せず過去を忘れようとリスボンに流れ、運転手生活をし乍ら南米行きの機会を狙っていた。或る日、彼は自分の車にのせたことからカスリーン(フランソワーズ・アルヌール)を知る。彼女はもとパリの香水売り子、英国の貴族に見染められ、その夫人になったが、夫を自動車事故で失い孤独を旅にまぎらわせているという。一日、二人はナザレの浜に遊んだが、今でこそ貴婦人と運転手とはいえ、元は同じパリに住み、今また共に結婚生活に破れ孤独をかこつ身。二つの魂は互に相寄り、ロンドン警視庁のルイス(トレヴァー・ハワード)が彼女を追って現れなかったら二人は新しい未来を夢見つつ南米への恋の航路をたどっていたかも知れぬ。ルイスはカスリーンの夫の死は彼女の仕掛けたものと信じていたが証拠はなく、キメ手は彼女の自供だけだ。ルイスは彼とピエールの仲を知り、ピエールに近づき、彼女の過去の一切をアバいた。ピエールは動揺、彼女の本心を疑い、憤然として彼は一人で南米へ旅立つ決心をする。一方カスリーンは警察に出頭を命じられたが、どんな尋問にも負けなかった--彼に対する火のような恋がそうさせたのだ。だがピエールの心を知って、出航の前夜彼へのはなむけに真実を告白した。玉の輿にのり貴族の仲間入りしたものの周囲の冷い眼にたえかね離婚を申出たが、それには財産分与の撤回という条件。今更貧乏生活に戻ることも苦痛、夫の自動車の心棒が折れるように仕掛けたのだった。愛すればこその告白にピエールの心は変った。二人で出発しようと。彼女は喜んだ。だが当日、ルイスはピエールに彼女への疑いの心をかりたてた。ピエールがいまだ過去にこだわっているのを知ったカスリーンは遂に同航を断念、秘かに船を降りた。ルイスに附き添われて波止場を去るカスリーン。気づいたピエールは狂気のように呼んだが、今はむなしかった。

( Movie Walker:『過去を持つ愛情』より引用 )

アマリア・ロドリゲス(Amália Rodrigues、1920年7月23日-1999年10月6日)は、ポルトガルの歌手、女優である。"ファドの女王(Rainha do Fado)"として知られる。

アマリア・ロドリゲスは、ポルトガル首都リスボンに生まれた。両親はポルトガル中東部出身で、少女期は貧しい生活を余儀なくされた。しかし将来の大歌手は幼少期からその片鱗を見せており、良く歌を覚え歌うのも上手かったという。やがて一家の家計を支えるため様々な仕事に就いたが、18歳の時に一流のナイトクラブ「ファドの家(Casa do Fado)」に出演し反響を呼んだ。

アマリア・ロドリゲスは「ファドの家」を登竜門に、当時ファディスタの活躍の場を「ファドの家」と両極し担っていたミュージカルの分野でも成功を収め、ファド歌手として認められるようになった。

やがてアマリア・ロドリゲスは主演映画が作られる等、ファド歌手として以外に大衆的な人気も博するようになり、一種のカリスマとなった。フランソワーズ・アルヌール主演、アンリ・ヴェルヌイユ監督の映画「過去を持つ愛情(Les Amants du Tage)」(1954)で歌った「暗い艀(はしけ)」はファドではないが、彼女を代表する作品である。しかしファド界において孤高の存在となったことにより、後継者が育たなかった。

1974年、アントニオ・サラザールからマルセロ・カエターノに至る独裁政権が崩壊すると、政権下で国家的歌謡として擁護されていたファドは氷河期を迎える。人々の心はファドから離れ、国民的なカリスマとして周囲の視線を集めたアマリア・ロドリゲスでさえも批判の対象に挙げられる事があった。

しかしその後20年の時を経、EU参加の動きの中で自国文化再興の兆しが出てくると、ポルトガルにおいても若者を中心にファドを再評価する動きが現れた。ミージアや ドゥルス・ポンテス、カティア・ゲレイロやマリーザといった新しいファディスタが次々に現れ、ロドリゲスの後を引き継いだ。

1999年に79歳で死去した際、ポルトガルは3日間の喪に服した。2001年にはリスボンのサンタ・エングラシア教会に移送され、エンリケ航海王子、ヴァスコ・ダ・ガマらとともに、国民的英雄10人の一人として眠っている。

アマリア・ロドリゲスの魅力はファドの魅力といっても過言ではないだろう。そのメリスマティックな歌唱はサウダーデ(Saudade)を表現し、聴く者の情緒を刺激して離さない。歌詞の持つ情感を音へと導くロドリゲスの歌唱は亡くなった今も生き続けている。

( Wikipedia:『アマリア・ロドリゲス』より引用 )

晩年の来日リサイタルを、大阪サンケイホールで聴きました

さすがに声の衰えは隠せなかったですが

運命や宿命に翻弄されていく人間の哀しさや切なさを主に歌うファドの情緒は十二分に

こーいうのもペタリ


26-Fado,Amália Rodrigues,live in Japan,"Naufrágio".