‘マッチ売りの少女’ですね
『あらすじ』
年の瀬も押し迫った大晦日の夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っていた。マッチが売れなければ父親に叱られるので、すべて売り切るまでは家には帰れない。しかし、人々は年の瀬の慌ただしさから、少女には目もくれずに通り過ぎていった。
夜も更け、少女は少しでも自分を暖めようとマッチに火を付けた。マッチの炎と共に、暖かいストーブや七面鳥などのごちそう、飾られたクリスマスツリーなどの幻影が一つ一つと現れ、炎が消えると同時に幻影も消えた。
流れ星が流れ、少女は可愛がってくれた祖母が「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ」と言った事を思いだした。次のマッチをすると、その祖母の幻影が現れた。マッチの炎が消えると、祖母も消えてしまうことを恐れた少女は慌てて持っていたマッチ全てに火を付けた。祖母の姿は明るい光に包まれ、少女を優しく抱きしめながら天国へと昇っていった。
新しい年の朝、町の人々が見つけたのは、マッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑む、少女の小さな屍であった。
『背景』
アンデルセンは、経済的に全く恵まれない少女時代を送った母親をモデルにして、この作品を作ったといわれている。
『人物』
1805年デンマーク、フュン島の都市オーデンセで産まれる。22歳の病気の靴屋の父と数歳年上の母親の家で産まれた。彼の家は貧しく一つの部屋で全員が眠った。
アンデルセンは、両親の愛と母親の盲信によって育てられ、若い頃から想像力を発揮した。1816年に靴職人の父親が亡くなると自分の進路を決めなければならなくなり、学校を中退する。彼はオペラ歌手になろうとし、1819年コペンハーゲンに行った。オペラ歌手に成ることには失敗し挫折する、その後も挫折を繰り返し、デンマーク王立バレエ団のバレエ学校にも在籍していた。その後デンマーク王や政治家のコリンの助力で教育を受けさせてもらえる事になり、大学にまで行くことが出来た。
( Wikipedia:『マッチ売りの少女』『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』より引用 )
以前、アンデルセンは私生児だという説が流れました
結婚2ヶ月目にアンデルセンが生まれており、両親の子かどうかも不明
デンマーク王室一員の落とし胤みたいに聞いたかと思います
少年期、近くに住むブンケフロ-ト牧師の未亡人と牧師の妹に出会い
そこで初めてシェークスピアやゲ-テの作品に触れたアンデルセン
歴然たる階級社会である欧州、本来ならば貧しい靴屋の息子が出入り出来る道理無い知的社会
陰なる後ろ盾のおかげという見方も出来ます
正確なことは、恐らく母親自身にもわからないでしょう
母親はアンデルセンの父と結婚する前には、貧困故に売春経験あり、私生児も生んでいます
母方の祖母は3人の私生児を生んだ結果の投獄も
アンデルセンの母自身もその私生児の1人だったとか
また、叔母はコペンハ-ゲンで売春宿を経営していましたが
当時は貧富の差が激しく、貧しい者はとことん貧しく、女性の身過ぎ世過ぎとしては普通でした
母親は読み書き出来ず、考え方も古めかしく、息子を理解してやれない
それでも、働き者で、とても綺麗好き、迷信的だけれども神様のお導きを信じる、前向きな女性
アンデルセンは父親の死後再婚した母親との間にわだかまりが生まれたというものの
底辺暮らしを知る者だからこその慈悲深さを、マッチ売りの少女に投影したのではないですかね

