Project Medicus

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日経メディカルオンラインで下の記事を読んでいて、自分はこの人と仕事に対する姿勢が非常に似通っていると感じたので転載。

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Career Junction:転職体験談

2010.11.24
そこにいる理由がなくなったら、さっさと転職すべし
「どうすんねん?」「辞めます」で、あっさり医局とサヨナラ
消化器内科医・前川 裕(仮名)さんの場合

荻島央江=フリーライター

 卒業時から医局にしがみつくことをせず、以後、医局とつかず離れずの関係を続ける。やりたい勉強をし、積みたい経験を積んだら医局の無理に残る意味はない――。意に沿わない異動を申し渡されたのを機にあっさり医局を離れ、自分の望む働き方を貫く。

前川 裕(仮名)さん
 1995年に国立大学を卒業後、出身大学外の研修病院で臨床研修を受ける。2年後、出身大学の医局へ戻り、関連病院で3年間勤務。その後、内視鏡の手技に磨きをかけるべく他の大学病院へ1年間の“国内留学”、さらに別の大学へ移り、病理学を学ぶ。3年後、関連病院勤務の打診を断ったことを機に、医局から離れる。現在は総合病院を経て、検診センターで働く。30代、妻と子供2人の4人暮らし。

――医局を離れるまでの経緯を教えてください。
 非常にあっさりしたものですよ。教授から関連病院行きを「どうすんねん?」と打診されたのですが、勤務地が非常に遠く、すでに家族がいたこともあって断りました。その時、教授とは電話で話していたんですが、結局その会話だけですべて終わり。それきり、医局との付き合いはありません。

 僕はこれまで自分のやりたいことだけをやってきました。卒業後は出身大学外の研修病院で臨床研修を受け、関連病院で3年間勤務した後は、他の大学病院へ内視鏡の技術を学ぶため“国内留学”。さらに別の大学で病理学を学びました。消化器内科は、内視鏡を使って短期間かつ劇的に癌を含めた疾患の治療ができるし、しっかり診療技術を身につけてしまえば、他科に比べ早く一人前になれることが魅力。僕はそのために最適と思われる進路を選んできたんです。

 こんなふうですから、もしかしたら教授も「お前は今まで散々好きなことをしてきたんだから、御礼奉公くらいしろ!」という気持ちがあったのかもしれませんが、関連病院行きを断っても別に怒った様子はなく、むしろ別の病院を紹介してくれそうな雰囲気でした。

――今回は別の病院に行くことにして、医局に残るという選択肢はなかったのですか。
 話を受けても良かったのですが、医局の人事で2~3年おきに勤務先が変わるという生活に疑問を抱いていたのも事実だったので、ここでスッパリ辞めることにしました。

 例えば、大学に残って「どうしてもやりたい研究をする!」とか「ゆくゆくは教授になる!」などの希望があれば別ですが、自分としては大学でなければできないことはほとんどやった。このまま医局に残っても、外へ出てもあまり変わらないだろうし、関連病院を転々としても技術の上積みはあまり期待できない。それなら外へ出ようと考えたんです。

 何もない、裸一貫で医局を飛び出すのは確かにリスクがありますが、当時すでに消化器内科医としての技術がある程度身についていて、疾患の大部分を1人で診ることができるようになっていたので、それなら医局を離れてもいいかなと。あとは、求人が山ほどあったことも理由の1つですね。

――教授や医局との間にしがらみはなかったのでしょうか?
 全くなかったですね。その医局は総勢100人近くいる大所帯で、濃密な人間関係を私が意図的に構築していなかったこともあり、あっさり辞められました。ちなみに私は大学病院での勤務経験がないので、教授と直接会ったことが1~2回しかない。教授が私の顔をきちんと認識しているかどうかも、正直微妙なところです。

 知り合いには、医局という存在と自分のキャリアや働き方を割り切って考えている人も多いです。教授に仲人をしてもらっていようが、頼んで留学に行かせてもらっていようが、大学で得るべきものを得たら「さよなら」って人もいましたね。私もそういった考え方のひとりです。

――その後の転職活動はどのようにされたのですか。
 1回目の転職は、医師紹介会社を通してベッド数約200床の総合病院に勤務しました。「当直なし」が条件でした。現在の当直制度はリスクが高すぎます。補償や給与もほぼ支給されないうえ、体力的にも翌日の勤務がきついので希望したんです。

 このため、当直はありませんでしたが、徐々に時間外でもバンバン呼ばれるようになったんです。内視鏡が必要になると何時だろうが見境なく呼ばれる。僕はオンとオフの時間をはっきり区別したいほうなので、こうした状況が我慢なりませんでした。これに加え、「やっぱり当直をやってもらえないか?」と言われて嫌気が差し、3年で辞めました。

 2回目の転職では、当直や時間外勤務のないところを探しました。現在勤務しているのは検診センターで、一般検診と僕の得意とする内視鏡検査がメーン。勤め始めて約3年になります。年収は前の総合病院時代から変わりませんが、知り合いの話を聞く範囲では恵まれているほうだと思います。

 紹介会社はいろいろでしたね。いい加減な会社もたくさんありました。こちらの条件を全く無視して紹介してきたり、「この点に関して、先方に問い合わせてください」とお願いしても返信がなかったり。実際に面接へ行って話すと、条件が違うこともしばしばありましたが、一度などは紹介会社の連絡ミスで、わざわざ出向いたのに募集が締め切られていたこともありましたよ。そういう人がいる会社はその後、もちろん相手にしませんでしたが。

――転職を希望している人に何かアドバイスはありますか。
 一番大事なのは、自分がどうしたいかだと思います。すべての希望を満たすのは無理です。何かを犠牲にして、何を得るのか。多少条件面が悪くても、それがどうしてもやりたいならやればいい。いいとこ取りは難しいですから。

 僕自身は現状にとても満足しています。家族との時間も十分に取れますしね。医師になったときからこうした働き方を強く望んでいたわけではないのですが、気づくと今のようなスタイルになっていました。とりあえずはしばらく今の仕事を続けるつもりです。もっと医療環境が改善すれば、転職もありえますが、現状のままでは難しいですね。

 それでもたまに「最先端の医療現場で仕事をしたい」と考えることがあります。僕が若くて、まだ独身だったらそうした道を選ぶかもしれませんが、そうではないし、「もう、いいかな」って正直思います。年収が下がる、自分の時間がなくなるなどの犠牲を払わないといけませんから。驚いたのは、以前だったらとても入れなかった有名病院が定員割れしていて、今は行こうと思えば誰でも行ける。恐らく条件が悪いせいなのでしょうが、時代は変わっているんですね。
今回のネタは次の設問。

Project Medicus-12慶大・医

(1)はともかく(2)で手が止まった受験生が多かったのではないだろうか。この年度は確率も図形も比較的解きやすく、やや難易度は高いが数学で差をつけるなら本問を完答したい。

(2)の文章誘導に従えば、先にdV(α)/dαを求めてから、それを積分してV(α)を求めろという話になる。典型的な微積の問題とは逆の順番で関数とその導関数を求めることには誰もが一瞬違和感を感じるだろう。

完答への条件は、まずこのタイプの設問を解いた経験があること、そしてdV(α)/dαの持つ2つの意味に気付くこと。前者を満たさない受験生はそもそも準備が不十分だと言わざるを得ない。重要なのは後者である。

dV(α)/dαを見てまず思い浮かべるのは「関数をルールに従って微分したもの」であり、これは当然のこと。だが、これが「微小量の比」であることに気付く受験生はそう多くないのだろう。微小部分dαは微分の記号というだけでなく、同時にれっきとした数量でもある。だから与式の両辺にdαをかけて右辺へ移行させることも可能なのだ。

これを思い出した時に活きてくるのが完答への条件のうちの前者である。すなわち、「図形のα≦θ≦α+dαの部分を考えると微小体積dV(α)が求まる」という有名事実を知っていること。これで方針が定まる。

dV(α)を具体的に計算する方法が分からないと疑問に思うかもしれないが、それを解決するのが(1)だ。「dαは十分小さいから、θがα≦θ≦α+dαをみたすとき、r≒f(α)である」。これより(1)を誘導として用いることができ、後はただ計算するだけの問題になる。

極座標というあまりお目にかかれない題材の背景に微積の基本的な考え方を隠した良問である。

最後に考え方のおさらい。
先に導関数を求めるのはなぜだろうか?
→そういえば、dV(α)/dαには「微小量の比」という意味もこめられている
→dαを用いてdV(α)を近似しろということではないだろうか?
→確かに(1)が誘導として使える
気ままに書いていきます。