「もう五つ刻じゃ!殿はまだお戻りになっておられぬのか!?」

 

 

濃姫の純心な願いを、天は聞き届けてはくれなかった。

 

どういう訳かあれから一刻(二時間)以上も経っているというのに、信長は未だに城に戻って来ないのである。

 

那古屋城周辺はもう完全に嵐の中。

 

時折雷鳴も轟き、【香港植髮價錢2024】有哪些因素會影響植髮最終收費? 物凄い風と豪雨が城の屋根や雨戸をガタガタと震わせていた。

 

 

「…殿は…、殿はご無事であろうか?…殿は…」

 

濃姫はおろおろした様子で、信長のために用意していた夕餉の膳の前を、何度も行ったり来たりしている。

 

「落ち着いて下さいませ、姫様。殿はきっとご無事にございます」

 

「三保野…。何故そなたにそんなことが言い切れるのじゃ!?」

 

「殿に何かあったのならば、今頃、側近の方々が知らせに参っているはずでございます」

 

「されど、その側近の者共まで、この嵐に巻き込まれていたら如何する!?」

「それはお考え過ぎでございます。姫様とてご覧になられたでございましょう?

 

あのように稽古で日々鍛えておられる殿のことです。既にどこか、安全な場所へご避難なさっているはずです」

 

暢気な顔をして宥(なだ)めて来る三保野に、濃姫は無性に腹が立った。

 

「何と悠長な──。仮にもこの那古屋城の主である殿がお戻りにならぬのじゃぞ!? 心配ではないのか!?」

 

「それは無論、心配ではございますが…」

 

「だったら、もそっと深刻そうに致せ。殿の御身が案ぜられる時に、その暢気な物言いはおかしいであろう!」

 

姫が遺憾そうに顔をしかめると、三保野は驚いたように「まぁ!」と叫んだ。

 

「おかしいのは私ではなく、姫様の方でございましょう」

 

「…私が? 私の何がおかしいと申すのです!?」

 

「何故そのように殿の御身をご案じ召されるのです?」

「“何故”とは心外なことを。…私は信長様の妻、正室なのですよ。正室が夫の心配をして何が悪いというのです」

 

濃姫が最もな返答をすると

 

「ですから、それでございます。姫様はいつから、そのようにご案じ召される程、殿にお心を許されるようになったのです?」

 

「じゃからそれは──…」

 

と言いかけたものの、濃姫の口からは次の言葉が出なかった。

 

 

三保野の言う通りだ。

 

自分は何故こんなにも信長のことを案じているのだろうか。

 

つい昨年まで敵だった織田家の嫡男に…。

 

真のうつけならば刺し殺せと父から言われた相手に…。

 

 

彼が自分の興味を掻き立てる相手であることは間違いないが、その安否を案じるほどに心を許していた訳ではない。

 

だが、今の自分は間違いなく信長を気にかけている。

 

何故だろう…。

 

正室という立場故なのか。

 

はたまた、興味の対象を失うかもしれないという不安からなのか。

濃姫は俄に判断が出来なかった。

 

『 自分で自分の気持ちが分からないとは…。こんな事が今までにあっただろうか 』

 

 

姫が独り、己の心と格闘していると

 

「──失礼致します!」

 

侍女のお菜津が大急ぎで部屋の中に入って来た。

 

「申し上げます!お方様、殿のお戻りでございます!」

 

「  !   殿が…まことか!?」

 

「はい。只今こちらの方へお越しに」

 

お菜津が言うやいなや、部屋の外から「お濃ーっ!お濃ーっ!」という、姫を呼ぶ信長の甲高い声が響いて来た。

 

濃姫は思わず破顔して部屋を飛び出し、廊下を駆けた。

 

「…殿!」

 

暫く行くと、手に縄や杭などを持った信長が、早足でこちらへ向かって来る姿が見えた。

 

だいぶ豪雨に晒されたのか、彼は頭から爪先まで全身びしょ濡れである。

 

「ま、殿!ずぶ濡れではございませぬか! ──誰ぞ、殿に何か拭く物を!」

 

「良い!左様な物は不要じゃ」