ふと思い出した。

あれは体育大会のことだ。僕の所属する団は結局ビリになってしまったが、終盤にはもう他の団にぼろ負けしてた、なんてことはなくいい勝負だった。それゆえ、敗北に終わったことに皆とても悔しがっていた。そして思った。これは他のことにつながるんじゃないか、と。希望を持つからこそ砕かれたときの絶望も大きいのだろう。ちょっと大げさだけど、時として希望は絶望よりも残酷なのかもしれない。 希望と絶望、相対する二つの言葉も時にはその在るところが逆転する。希望は絶望で、絶望は希望。世の中には、決まりきったことはなく、人間のモノサシで測った考えがあるだけなのか。真理はないのか。難しいなあ。