司馬遼太郎さんの本を手にしながらトイレに行ったりウロウロしていると
「またそれ読んでるの?」
と妻から言われました。
「はっ!俺たしかにまた読んでる」
とここで気がつくわけなんですが、
「年取ったからかなぁ」
とポツリと言うと
「それ関係あるの?」
と言われました。
「あると思う」
「どういう所が?なんでそう思うの?」
こういうぼやっとした感覚で感じてることに対してでも妻の「どうして?」が始まると、僕は一生懸命言語化しなければいけません。
そんなわけで色々考えてみたのですが、まず司馬遼太郎の読者層の年齢が高いのではないか、ということと、「昔はよかった」的な懐古する気持ちが自分にも芽生える年齢になってきたような気がします。
司馬遼太郎の本は昔の日本人を美化されている感があり、ちょっとリアリティがないな…と、若い頃の自分は受け入れられなかったのですが、今はちょっと違うんですよね。
こういった自分の変化も読書によって気づけるのもまた楽しかったりします。
妻は妻で、年齢と共に好きなピアノ曲が変わるのだと言います。
その変化はなんなのかを日々考えているようなので、僕の変化にも興味があるようです。
妻の場合は「聴き手」だけではなく「弾き手」という両方の立場から自分のスキルの向上も関係していると言っていました。
家の中で1人で完結するお金のかからない楽しみ方をお互いしています。
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