ここ二、三日、
わたくし、怒っております。
二、三日前までは、
悲しみや不安が強くて、
なんだかんだ、やっぱりショボンとした日々を過ごしていました。
でも、ここ最近、
なんだかモーレツに怒っております。
悲しみや不安より、
怒りの方が、元気な感情だし、少なくともちょっと建設的だし、私なりに、少し怒れる自分にほっとしているところです。
地震、津波、
ここまでは天災だったのでしょう。
備えをしっかりしていた国を襲った、大災害と思うこともできるでしょう。
でもね、
原発事故、これはないわぁ…
人災やわ。
私は、ただの主婦なので、専門家でもないし、
論文とか調べたわけでもないし、
ただネット見たり、テレビ見たりするだけで、
ボロリンボロリンと出てくる原発の話。
ほんまに、今まで知らなかった、
こんなに危険なものが、私たちの生活のすぐそばにあったこと…
今も原発のすぐ近くで、命懸けで作業している方々、
それを遠く東京から指示する上の人たち、
過労で入院しちゃった~の社長…(この部分に至っては正直、笑ってしまう)
今まだ原発が落ち着かない時期に、
こんな話をするのはまだ早い、とか思う人もいるかもしれないけど、
悲しいことに日本人、
中国毒餃子事件と同じで、喉元過ぎればなんとやら、
原発が終息したらしたで、
『あ~良かった
次はもっと安全な原発作ろう
』
となるかもしれない。
こんな大事故になったから、何も言わなくても、原発はなくなるだろう、なんて甘いような気がする。
やっと地震、津波から立ち上がろうと、また野菜やお魚を採ろうと頑張ってるのに、
出荷できないってどうよ。
復興、復興ゆうても、
復興のしようがないやん。
今まで散々、原発のお世話になって、電気を作ってもらったけど、
もう原発も役目を終えてお休みなさい、やわ。
今、三歳のくうちゃん、
一歳のぺむちゃんが、
80歳90歳100歳まで
元気に暮らすためには、
今のままの原発事情ではダメ。
私が生んだんだから、
寿命を全うできるように、この命に責任がある。
私が死んだら、終わりじゃない。
くうちゃんやぺむちゃん、さらにその子どもや孫、ひ孫、玄孫…
その命まで、責任があるんじゃないかな。
だとしたら、
今、なんじゃないかな?
だから、私は考えるし、悩むし、怒る。
発信する。
間違ってることもあるかもしれないけど…
こうしてブログに載せることも、私に出来ることのひとつだと思うから。
私のブログは、
『なんのためにもならないゆる~いブログ』がコンセプトだから、
こんな固いテーマを書くのはかなり珍しいけど、
たまにはこんなのも、いいよね。
原発推進の人々もいるだろうけど、
じゃあその人たちを集めて、村を作り、
そこに原発建てたらいいじゃないの。
誰だって、自分のうちの近くに原発建設されたら嫌なんでしょ?
私が怒ってるのは、
原発がなくても、日本の電気は賄えるってことなの。
これまた専門家ではないから、
自分で実際に調べたわけじゃないけどさ、
なくてもいいなら、
なんで住民の反対を押しきって作るの?
そこに、なにかあるんだろうなぁ…
わたくし、怒っております。
二、三日前までは、
悲しみや不安が強くて、
なんだかんだ、やっぱりショボンとした日々を過ごしていました。
でも、ここ最近、
なんだかモーレツに怒っております。
悲しみや不安より、
怒りの方が、元気な感情だし、少なくともちょっと建設的だし、私なりに、少し怒れる自分にほっとしているところです。
地震、津波、
ここまでは天災だったのでしょう。
備えをしっかりしていた国を襲った、大災害と思うこともできるでしょう。
でもね、
原発事故、これはないわぁ…
人災やわ。
私は、ただの主婦なので、専門家でもないし、
論文とか調べたわけでもないし、
ただネット見たり、テレビ見たりするだけで、
ボロリンボロリンと出てくる原発の話。
ほんまに、今まで知らなかった、
こんなに危険なものが、私たちの生活のすぐそばにあったこと…
今も原発のすぐ近くで、命懸けで作業している方々、
それを遠く東京から指示する上の人たち、
過労で入院しちゃった~の社長…(この部分に至っては正直、笑ってしまう)
今まだ原発が落ち着かない時期に、
こんな話をするのはまだ早い、とか思う人もいるかもしれないけど、
悲しいことに日本人、
中国毒餃子事件と同じで、喉元過ぎればなんとやら、
原発が終息したらしたで、
『あ~良かった
次はもっと安全な原発作ろう
』となるかもしれない。
こんな大事故になったから、何も言わなくても、原発はなくなるだろう、なんて甘いような気がする。
やっと地震、津波から立ち上がろうと、また野菜やお魚を採ろうと頑張ってるのに、
出荷できないってどうよ。
復興、復興ゆうても、
復興のしようがないやん。
今まで散々、原発のお世話になって、電気を作ってもらったけど、
もう原発も役目を終えてお休みなさい、やわ。
今、三歳のくうちゃん、
一歳のぺむちゃんが、
80歳90歳100歳まで

元気に暮らすためには、
今のままの原発事情ではダメ。
私が生んだんだから、
寿命を全うできるように、この命に責任がある。
私が死んだら、終わりじゃない。
くうちゃんやぺむちゃん、さらにその子どもや孫、ひ孫、玄孫…
その命まで、責任があるんじゃないかな。
だとしたら、
今、なんじゃないかな?
だから、私は考えるし、悩むし、怒る。
発信する。
間違ってることもあるかもしれないけど…
こうしてブログに載せることも、私に出来ることのひとつだと思うから。
私のブログは、
『なんのためにもならないゆる~いブログ』がコンセプトだから、
こんな固いテーマを書くのはかなり珍しいけど、
たまにはこんなのも、いいよね。
原発推進の人々もいるだろうけど、
じゃあその人たちを集めて、村を作り、
そこに原発建てたらいいじゃないの。
誰だって、自分のうちの近くに原発建設されたら嫌なんでしょ?
私が怒ってるのは、
原発がなくても、日本の電気は賄えるってことなの。
これまた専門家ではないから、
自分で実際に調べたわけじゃないけどさ、
なくてもいいなら、
なんで住民の反対を押しきって作るの?
そこに、なにかあるんだろうなぁ…