こんにちは。和からの数学講師の岡本です。今回は「q-類似」と言われる数学の研究分野についてお話をしたいと思います。ここにおけるqは複素パラメータとし、基本的に|q|<1と仮定しておきます。
この記事の主な内容
1.整数を変形する
以前、q-二項係数の話に少し取り上げましたが、改めて説明します。まず次のようなqの多項式を考えます。
f(q):=1+q+q2+⋯+qn−1.
形からすぐに分かることですが、f(1)=nとなります。このように、q=1を代入することで整数nになるようなqの関数を整数nのq-類似(またはq-変形)といいます。関数が連続であれば、代入する数をある程度1に近い値にすると代入後の値はnに近い値になり、「変形」しているイメージがつかめると思います。しかし、q-類似の理論は、変形の仕方に一貫性や互換性があるものが良いものとされ、関数であればなんでもいいという訳ではありません。そんな中で、上で定めたf(q)は理論的に「良いq-類似」となっており、整数nを変形したことがわかるように[n]qと表記し、「q-整数」と呼びます。また、等比数列の和の公式から
[n]q=1+q+q2+⋯+qn−1=1−qn1−q
と表示することができます。以降、[n]qの性質について解説をしていきます。
2.q-整数の“素因数分解”
次にq-整数[n]qの素因数分解を考えてみましょう。具体的にn=6とします。通常の整数6の素因数分解は
6=2×3
となります。次に、6のq-類似である[6]qの多項式としての因数分解は
[6]q=1+q+q2+q3+q4+q5=(1+q)(1−q+q2)(1+q+q2)
であり、一見するとよくわからない結果になりました。しかし、最初の2つの因数を展開すると1+q3とまとめられ、[6]qは次のように整理できます。
[6]q=(1+q3)(1+q+q2)=[2]q3×[3]q
つまり、2のq-類似である[2]qに対してq→q3と置換した形を使えば、q-類似の“素因数分解”が可能になります。これは
[6]q=1−q61−q=1−q61−q3×1−q31−q=[2]q3×[3]q
からただちに導くことができ、同時に
[6]q=1−q61−q=1−q61−q2×1−q21−q=[2]q×[3]q2
と表すことも可能になります。以上の考察から、整数n,mに対して次が成り立つことがわかります。
[n×m]q=[n]qm×[m]q=[n]q×[m]qn.
つまり、q-整数における“素因数分解”には「一意性」が成り立たないことがわかりました。
3.非可換の世界とq-類似
ここまでお話したq-変形についてですが、一体どのような必要性やモチベーションがあるのかあまり知られていないと思いますので、ここでは量子力学の視点におけるモチベーションを簡単にお話しようと思います。現代物理学の大きな柱の1つとなっている「量子力学」。その中では“非可換”な演算子の計算が行われます。ここでいう“非可換”とは、「交換法則が成り立たないこと」を意味します。私たちが普段使用する「掛け算」は交換法則が成り立っており、文字を使った計算でもyx=xyという式変形も違和感なく行っています。この交換法則により、
(x+y)2(x+y)3=x2+2xy+y2=x3+3x2y+3xy2+y3
といった式の展開公式が得られます。しかし、一般化された演算や空間を考える際、この交換法則が一般に成り立たないことがあります。そこで、交換法則を少し緩めた
yx=qxy
という関係性について考えてみます(qは複素パラメータとします)。実際にこのような計算法則を持つ世界において式の展開を考えてみましょう。
(x+y)2(x+y)3=(x+y)(x+y)=x2+xy+yx+y2=x2+xy+qxy+y2=x2+(1+q)xy+y2.=x2+[2]qxy+y2=(x+y)2(x+y).=(x2+(1+q)xy+y2)(x+y)=x3+(1+q)xyx+y2x+x2y+(1+q)xy2+y3=x3+(q+q2)xy+q2xy2+x2y+(1+q)xy2+y3=x3+(1+q+q2)x2y+(1+q+q2)xy2+y3=x3+[3]qx2y+[3]qxy2+y3.
このように、見事に係数としてq-整数が対応することがわかります(つまりq→1とすれば、交換法則が成り立つ通常の展開に一致します)。これがq-類似の互換性の美しさだと思います。さらに、q類似の世界は奥が深く、量子群や結び目理論、特殊関数論など、多くの分野とも関連しており、岡本は個人的にとても好きな分野です。
4.さいごに
いかがでしたでしょうか?素朴な話から始まりましたが、多くの分野とも関連している「q-類似」の理論。この機会に是非興味を持っていただければ幸いです。
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<文/岡本健太郎>