『 そのままで 』 -75ページ目

救いたい。

子どもを亡くした親の想いって、
どんなんだろう、と思います。


周りの友人たちが結婚し、
子どもを産む年代になりました。


中絶の話をあっけらかんと話す人、
望んでできた子じゃないと言い切れてしまう人、
虐待のニュースを見てもそうです。

そんなに自分が大切なら、
子どもをつくらなきゃいいのに……
と思ってしまいます。


親になる覚悟って必要なんじゃないのかな。


あまりに身近なことすぎて、
想いが甘すぎるんじゃないのかと思います。


新しい命を産み出せる尊さと、
その価値が、
あまりにも軽んじられているんじゃないかと
どうしても思ってしまいます。


子どもに「死ね」と言えてしまう親を
理解できないし、
子どもが夫婦間の中和役になっていることも
疑問を感じます。


マイナス面を見すぎているのかも知れませんが、
どうしても解消できません。



子どもを守ること、
愛情を注ぐこと、
何か方向性が違っていないかと、
世の中の流れを見て思います。



自分の母親を見てきたから、
余計にそう感じるのかも知れません。


私が気づいたのは、
高校生になってからでした。

物心ついたときには
家には仏壇があり、
御墓参りが日常でした。


姉の話はしても、
そこにあった母親の想いは、
聞いたことがありません。


慰めの言葉は、
きっとたくさん聞いていたと思います。
でも、母親の想いを受け止めて、
寄り添ってくれる人は、
果たしていたのだろうか。

同情や慰めはその場しのぎのものであることに、
きっと気付いています。



救ってあげられるのなら、
救ってあげたい。


でも、一生消えることのない
悲しみ、痛みなんだと思います。



どうしたら救えるのか、
どうしたら、それでもよかったと
親が自分の人生を見つめることができるのか、

高校生の頃から、
ずーっと考えています。





子どもを大切にすること、
命の重み、
命を産み出すことの責任、

よく、よく、
見つめてほしいと心から願います。