【(別れ)フィリピン滞在記217】

 

38年間は日本で高校数学教師でした。

数学教師が日本語教師としてフィリピンに渡り、早くも1年。

日本に行く技能実習生に日本語を教えています。

いろいろなことがあり驚きの毎日です。

もの凄く可能性の多いフィリピンですが問題もあります。

日本から近いようで遠いフィリピンの滞在記です。

 

フィリピンの4月は真夏。

今年は特に暑い。

マニラ近郊で42度以上。

 

地域によっては50度に迫る。

家畜の危険ラインだそうだ。

人も同じだ。

 

今日もとても暑い。

テニスコートで卒業式がある。

昼からの実施。

歩くのも危険な暑さだ。

 

生徒たちは若い。

暑さごときではびくともしない。

クラスごとにスピーチがある。

                    (卒業式の生徒たち)

 

日本語学校なので日本語でスピーチ。

保護者もいるのでタガログ語でもスピーチ。

クラス代表の生徒は必死だ。

 

スピーチでは大抵途中で詰まる。

言葉が出てこない。

 

するとどうなるか。

全員が拍手する。

応援しているのだ。

 

日本では見たことがない光景だ。

みんなで応援している。

必死で頑張っている人を応援する。

 

温かい拍手。

お互いに協力している。

仲間を応援している。

 

スピーチの生徒が両親を紹介。

両親に「有り難うございます」

涙ぐんでいる両親。

 

結婚している生徒もいる。

妻を紹介。

やはり「有り難うございます」

感謝の言葉が並ぶ。

 

生徒席を見る。

子どもを抱えている生徒。

まだ3歳くらいか。

 

これから3年間日本に行く。

子どもと3年間会えない。

それでも日本へ行く。

 

覚悟を決めた人は清々しい。

不安もあるであろう。

それでも明るい。

しかも感謝の言葉が並ぶ。

 

スピーチのあとは余興。

クラスごとにダンス。

 

踊りが好きな国民性。

若さがはじける。

暑さが吹き飛ぶほどだ。

                     (ダンスをする生徒たち)

 

この国は若い。

エネルギーが素晴らしい。

困難に立ち向かう気力がある。

 

クラスリーダーのA君がこちらに来た。

日本語教師になりたいそうだ。

「いつか一緒に日本語を教えましょう」

はにかみながら答えてくれた。

「がんばります。有り難うございました」