こんにちは。
コウケンテツさんといえば
言わずと知れた
料理家さんで、
わたしもコウさんのレシピには
日頃からお世話になっています。
最近では娘の大好きは番組、
Eテレのクックルンにも
登場され、
親しみのあるコテコテな大阪弁に
軽快なトーク、
笑顔で優しく子どもたちに
接されているところを
恥ずかしながら、
動いてるコウさんを
初めて拝見しました。
すぐに子どもたちとも打ち解け、
料理のポイントも
的確に、
でも笑いもとったりと、
番組の終わりには、
こどもたちがコウさんのことを
絶賛してて、
コウさんのうちの子になりたい!
イケメンだし、
歯が白いしー、
って、笑顔でみんなで
トークしてる場面もありました。
それを見て、私も
なんて素敵な方なんだろー
とファンになってしまいました。
そこには、まさに、
こんなこどもの料理教室が
開けたら、
と思う私の理想があったからです。
そんな、
マイブームのコウケンテツさん!
土曜日、朝日新聞の
ボンマルシェというコーナーに
コウケンテツさんの
記事、レシピが載っていました。
短い文章でしたが、
記事を読み終える頃には、
うるうる涙がこぼれてきました。
とっても素敵な記事だったので、
ここでご紹介いたします。
以下
転載
3人兄妹に弟(僕のこと)ができた時。我が家族は大阪の下町の小さな長屋暮らしだった。両親は朝早くから夜遅くまでがむしゃらに働いてくれていたらしい。僕が生まれたのを機に、2階にお住まいのご夫婦と交渉をして、そちらを購入した。我が家は少しだけ広くなった。さらに忙しくなった両親を助けてくれたのは、お隣に住んでいたおばあちゃんだった。白髪を品よくカールさせ、黒縁の眼鏡。少し腰の曲がった姿勢からは想像もできないパワフルさ。自分の孫の世話からうちの4人兄妹の世話まで! 幼稚園に通うようになった僕の送り迎えも。よく働く日本の“THE・おばあちゃん”。
一番記憶に残っているのは、たまに朝ごはんをおよばれした時のこと。典型的な韓国の食卓だった我が家にはじめてパンと苺(いちご)ジャムをもたらしてくれたのが、おばあちゃんの朝ごはんだった。絶妙な甘酸っぱさの中に弾けるプチプチの食感。こんなにおいしいものが世の中にあるなんて! 母はそんなおばあちゃんに何かお礼がしたいと。でも、その日を生きるのが精一杯だった当時。何も持たない母は自分の結婚指輪をネックレスに替えてもらった。受け取らないおばあちゃんに半ば強引に引き取ってもらったらしい。
それから一年後の同じ日。おばあちゃんがそのネックレスを母にそっと渡し、「ありがとう。あなたの大切なものをお返しします。わたしには夢のような一年でした。それで充分」と。
苺ジャムを作るときは、胸の真ん中がなんだか温かくなる。おばあちゃんに感謝の気持ちを込めて。
以上
こどもの頃の記憶って、
においや、
音楽、
お料理の味、
なんかで、
ふと昔の記憶って
蘇りますよね。
大人になったら、
忘れちゃう記憶でも、
五感がちゃんと記憶している。
おばあちゃんの苺ジャムの
記憶が、
小さい頃、生活していた時の
記憶に
ちゃんとつながっている。
コウさんのお母さまも、
お隣のおばあちゃんも
なんて素敵な方なんでしょう!
私も
こどもたちの記憶に残るような
お料理を提供できたらなって
胸が熱くなりました
コウさんのとっても
暖かいエピソードでした。
