作家、宮尾登美子さんが


日本画壇における美人画の最高峰、超大家の

上村松園の生涯を描いた小説「序の舞」の中で、


主人公津也が絵の師である鈴木松年との間にできた子を宿し、

堕胎の費用を稼ぐために春画を書いた、とのくだりがありました。


松園先生の美人画は、

髪の毛の生え際の描き方、ぼかし方に特徴があるのだそうです。


見る人がみれば、落款・署名はなくても、

一目で松園の手によるもの(春画)だとわかったとか。


そして絵の依頼主は

「(春画は)手を抜く画家がいるが、

 貴女は丁寧な仕事をして下さった」と

苦悩の渕に立つ津也に


ねぎらいの言葉をかけるのです。





花鳥余情吾妻源氏

「花鳥余情吾妻源氏」より(1837・日)歌川國貞 (1786-1865)




目の前のテーマにのめりこみ、

いかに表現すべきかに没頭する。



これは物を産み出す人、そして一流の人なら当然のこと。



めるめるの家にその手の絵などあるはずもなく、

若き日、神田は古本屋街で手に入れた画集では

肝心なところは大きく白抜きになってました。


ご時世が変わったのでしょう。

白抜きなしの画集も徐々に出回るようになりました~。



めるめる持っているのは


別冊「太陽」とか



「とんぼの本」どまりですが



検索かけたら、いやはや、出版数、

いつの間にこんなに増えたのかしら。


書かれてる題材が題材ですから

誇張の激しさ、

(これも諸外国がデフォルメに目を剥いた)

描写対象は、

めるめるにとってはまあ、御愛嬌なんですけどね。



役者絵美人絵が表の顔ならば


春画艶本は裏の顔。


お馴染みのビッグネームの

知られざる一面に触れることができます。


春信・歌麿・清長・広重・北斎・栄泉・国貞。


手がけた分野の紛れもなく一翼なのです。

見ずに語るは片手落ちです。


有名無名無記名の絵師が

まだまだまだ富士の裾野のように続く。。。。



ショボい本はどこまでもショボいけど


豪華本は、稀観本だから。

予算と手間はいくらでもかけられる。


あたかも 絢爛豪華 国宝「平家納経」のごとき




C0007851



華麗な巻物なんかもあるのです。



深窓のお姫様の花嫁道具だったりしたのでしょうか。



彩錦に彩られたお姫さま?奥方さまの絵なんか、

陶然としてしまいますね。


手の込んだ技法が集中投下。

多色摺り・艶刷り・ぼかし・空摺り・毛彫り・きめ出し・布目摺り…。


それに、秘蔵本だから、

状態がきわめてよろしい。


加え、このジャンルは

ある意味ファンタジーでもあります。

リアリズムはいらない。

設定が突飛でも許される。


御殿女中とお坊さんから

うらぶれた長屋の夫婦まで。

初々しい生娘から凄惨な年増まで。



みなさまに春画を見てとは申しません。


ただ、


浮世絵は

天上から音楽を奏でるようなジャンルではなく、

地の底から起こった。


お上への反骨精神すら飛び超え、

絵師・彫師・摺師・版元により

ありとあらゆる挑戦が繰り返され

頂点を極めた。


浮世絵の極致は数多くありますが、

その一つは、間違いなく、春画です。