山本夏彦先生(1915-2002)は都会っ子。
東京生まれ、東京育ち、若き日はパリに留学し、
帰国後出版社を渡り歩き、
自ら興した出版社の住所は銀座は交詢社ビル。
戦前の日本、とかく暗いイメージが先行しがちですが、
この本では大分様子が違う。
昭和5年は円タクの時代、デパートの時代、ネオンの時代です。
お父上は詩人、山本露葉(1879-1928) 。
この本を読んでおりますと、
昔の人の 人と人との繋がりの濃さが伝わってきます。
無想庵は、パリから日本に帰り、
亡き友露葉邸を訪ね、16才の夏彦先生に出会い、
カルモチンを飲んで自殺を図った少年を
パリに連れて行くのです。
ダミアも、
モーリス・シュヴァリエも、
ジョセイフィン・ベーカーも、
(注:3人とも一時代を築いた大大大エンターテイナー)
夏彦先生、生でご覧になったんですって。
無想庵は、破滅型。
アタマいいのに、堅実に暮らせばいいものを、
親の財産を使い果たし、
酒におぼれ、女を泣かせ。
自分に振り回され、
ひたすら「良い小説が書きたい」と願い続けた。
無想庵が行く先々で、仲間が集まる。
はるばるパリまで、友達が訪ねてくる。
「無想庵、文無しに」と新聞が書けば
再三再四、友が手を差し伸べた。
「芸術家にして失敗しないものがあろうかと
惻隠の情にたえない」
「それだけの力があった。
この長い追悼の辞を書かせたのは(無想庵の)力である」
と記し、夏彦先生は、筆をおかれます。
無想庵は帰国しますが、
時代に乗れず、晩年の20年は失明し、
人の世話になり続けて1962年に亡くなります。
前妻文子は無想庵と別れ、
ベルギーの貿易商、宮田耕三と結婚。
今度は添い遂げました。
終戦時、夫がシベリアに抑留されそうになり
ロシア軍のただなかに一人乗りこみ、
「この人は広東軍とも反ソとも無縁だ」とまくしたて、
夫を救い、
1966年、帝国ホテルで亡くなり、
死に化粧をしたのは宇野千代。
夫は「最愛の妻よ」と弔辞を読みました。
夏彦先生が愛した女性、
かなわぬ恋であった
無想庵と文子の一人娘、
イヴォンヌの痛々しい生涯も、胸に迫ります。
異郷の地で生を受け、
多感な時期に良くも悪くも八方破れの
両親の元で育ち、
両親とともに日本に帰国。
夏彦先生の恋敵、
辻まこと(辻潤と伊藤野枝の子、画家)と結婚し、
3女をもうけますが、
(一人は竹久夢二の子、竹久不二彦の養女となりました)
金にならない男じゃ話にならない、と
文子が二人を別れさせ、
戦後宮田夫妻が戻ったベルギーに呼び寄せられ
別の男性と結婚しますが、
結局は離婚となり、
次第に酒と薬に溺れ、わずか45才で客死。
四重奏、五重奏との言葉がありますが
この本は汲めども尽きぬ、
多重奏。
寄せては返し、寄せては返し、、、
狂乱の時代を生きた人々の、記憶と追悼です。
