めるめるがこの本を手に取ったのは


この本の主人公、武林無想庵の生涯に興味があったのではなく、
著者 山本夏彦(1915-2002)先生の1ファンだったからです。



偶然「週刊新潮」を手に取り、「夏彦の写真コラム」、


「 美しければすべてよし  」を読み、魅了され、
一目惚れならぬ一読惚れ。


胸を焦がした乙女(←当時!!!)、めるめるです♪


せっせと文庫本買いました~。
もちろん今も持ってます。


夏彦先生、本職はインテリア雑誌の編集長さんだったのです。
(先生いわく、「身すぎ世すぎ」 ^^;)


自身の雑誌に連載したコラムが評判を呼び、
辛口コラムニストとして一世を風靡されました。


偏屈でして(笑)それが芸であり、
読んでいて爽快感があります。



詩人山本露葉の息子であり、


少年時代、家にあった
膨大な明治の新聞雑誌類を読破されたとのことで
語り口がその口吻を受け継ぎ、


独自のスタイルを持ちファンが多かった。



夏彦ファンといたしましては、
この本で若き日のお姿を




yamamotoyatsuhiko


写真のみならず
かいま見、手元に置けることは至上の喜びだったりします。


昨日の続きを。


武林無想庵は中平文子と結婚し、
花の都、パリへ。


バリにつき、ほどなく一人娘イヴォンヌが産まれた。


しかし文子は贅沢な女であり、
受け継いだ財産であった土地を売った金を
1年で使い果たす。


無想庵は小説を、翻訳を売るが
文子はそれでも足りず、
パリ駐在の日本人相手に商売を始める。



そして情人との感情のもつれから
ピストルで顔を撃たれたが弾は頬を貫通し、

辛くも一命はとりとめた。


この出来事は日本でも大きく報道され、
一大スキャンダルとなり、


無想庵の小説は知らなくても
無想庵・文子の名は轟きわたった。



さんざん女を渡り歩いたあの無想庵が。
妻を寝取られ。
ヒモ同然。



無想庵は、書きたいのです。
ただ、売れない。


夏彦先生に言わせますと、

本屋も商売なのだから
売れそうな本しか出さない。


○○を書きたい、出したいと言っても
それが時代に合わないなら出版社は相手にしない。



それが、無想庵にはわからない。



文子はベルギーの貿易商、
宮田耕三に心を移し、
無想庵を捨てます。


もともと無想庵と結婚したのは、
パリに来たかったから。


男は金を稼ぐ機械のようなもの。
動かなくなったから、
取り替える。


一文無しになった無想庵。


(日本から折々送金はあるのですが
 文子が使ってしまう。
 そして文子は多情、破天荒な女性ですが


 つぎつぎ事業を自分で立ち上げたり

 そちこちから声がかかったり

 お金を持った男性にさっと乗り換えの

 バイタリティあふるる女性で


 贅沢な生活ぶりは終生変わらなかった。)



折しも日本行きの船が出る。

帰りたい!日本へ。





終わらない、、、、。続きは、明後日。