昨日は大変失礼しました。
必死で記事更新して、
ほっと肩をおろし、
0時すぎにニュースみたら
なななんと、原節子さんの訃報。
これだけは明日の記事まで待てない。
と頭にカッと血が上り、
物量作戦に出てしまった^^;
Source: Ŧhe ₵oincidental Ðandy
ヤスミン姐さま より
「原節子さんは日本のガルボ」とのコメントを頂戴しました。
グレタ・ガルボ(1905-1990)。
スウェーデン生まれ。ハリウッドに渡り、
サイレント映画の時代から映画が音を持つトーキー時代まで
大スターとして君臨した、
美人女優との枠におさまりきらない
ミステリアスかつスケールの大きい女性を
演じ続けた巨星中の巨星です。
どちらもまだまだ若すぎる引退。
ガルボ36才。原節子42才。
ガルボは引退したくて引退した面は
もちろんあったのでしょうが、
次回作のオファーはけっこうあったし、
スクリーンテストの画像なども残されています。
しかし結局折り合いがつかなかった。
引退後も生活に不自由はなかった。
没後、残した遺産はなんと3,200万ドルあまり。
主演女優として勤勉に稼ぎ
(ガルボの野暮ったさは「勤勉」の名にふさわしい)
お金もたまったし、そろそろ引退しようかな、、、
のとき、世界大恐慌がおこり、
所属映画会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤーの
タイクーン、ルイス・B・メイヤーがガルボの貯金のある銀行を破綻させ
やむなく映画界にとどまらずを得なかった。
と伝えられます。
私生活は質素ですし
稼いだお金は株や債権や不動産に投資した。
そして引退したとはいえ、原節子さんのように
自宅からほとんど外出せず、
外部との接触を一切断つ、、、のではなく
気の置けない仲間との交流は続いていた。
みんなセレブリティばかりですから
ガルボの資産運用は
的確なアドバイザーを得て順調そのものでしたし、
お仲間と過ごす時間は
当然パパラッチに狙われる。ので
近況・動向も切れ切れにせよ、伝えられ続けました。
ロマンスもあったようです。
映画「マイ・フェア・レディ」の衣装を担当した
セシル・ビートンとは特に親密な関係であったけど、
ビートンのプロポーズを、ガルボは断った。
とビートン自らが語っています。
一方、われらが日本国の原節子さんの
引退後の動向は、とにかく藪の中霞の中。
いまニュースサイトその他で
続々報じられていますが、
目新しいものは少なく、
勿論評伝その他がいくつも出ていますし
全部とはいかないまでも
目は通してますが
良く言えば
興味本位で土足で人の心に踏みこむことなく
敬意を払い、一歩距離を置いたものばかりです。
