本読みはじめ、
なんとなくつまらん。。。
途中で放り出したくなることありませんか。
めるめるは大ありです。
手元にあるということは。
タイトルなり装丁なり帯なり
書評などに惹かれたからです。
積んでおけばふとしたすき間時間に
手に取ることができるではないか。
古本とかも気にならないタチです。
ニーズに合う本であれば
アマゾンマーケットブレイスの
「品代1円、送料250円」の本を
嬉々として次々買いこみ
昔の本は
(文庫本に色刷りのカバーがついているようになったの
いつくらいからなんでしょうね~
親の蔵書、文庫本だけど
カバーは油紙だかハトロン紙)
紙の質も今とは違うらしく
なんとなくざらざらしており
色変わりして
抹茶色ならぬまっ茶色☆
活字も今とは違っているのでしょうか。
なんか文字にかすれが…。
最近は
「クリーニングして
お届けします。」
との表示も
目に付き、
本の
天(上)
地(下)
小口(背表紙じゃなくて紙の見える脇)
薄く切るのでしょうか…。
綺麗になって届きます。
古本の香りといいますか
ニオイといいますか。
も前ほどは
気にならないような気も…。
技術の進歩とは
スバラシイ☆彡
で
あだやおろそかに扱うつもりはなく。
やや大げさに言うなれば、
期待に胸ときめかせページを開く。
なのになのに。
それなりに一生懸命文字を追うのに。
何言ってるのか
何をいいたいのかが
さっぱりわからなくなってくる時がある。
これは、
めるめるに真剣味が足らず、
アタマが足りないからだと
自分で自分を責め、
心の中でキリリハチマキを絞め直し。
刻苦勉励の心も新たに
真剣に取り組んだものですが。
それは
自分が悪いのではなく、
読ませない本を作る方が悪いのだ。
とその昔
敬愛する方が書いているのを見て
そうか~、
本になっているからって理由だけで
有難がることは
ないのかもしれないな~
と心が軽くなったことを
覚えています。
で、たまる一方です。
今日読んでいた本では
500年くらい前
「本は何でも買う。
よそより必ず高く買う」
との看板を掲げ、
何万冊もの
本を収集。
出版も手がけ、
蔵書の中から
同じ本を選び出し
さらにこれはとの
評判を普段から集めておき
頼み込んで
所蔵者から借り受け、
書き写す。
(注:500年前)
突合せて照合の上
お屋敷に
出版する本のジャンルに詳しい学者サマを
滞在させ、
審議にかけ、意見を聞きながら
作業を進めた…
とのくだりがありました。
気になる出版冊数は。
2・300冊。。。。。。
ペイするはずなど
始めからないのに。
貴重な資料として
今も広く世に知られているものも。
散逸し、
目録などで想像するしかないものも。
あるのだそうです。
