楽しみにお邪魔している
ヤスミンさんのブログ ☆*:.。. Wonderful Wife。.:*☆ 。
話芸と豊富な知識がキラリどころか竜巻のよう。
ニーナ・アナニアシヴィリ の大回転なんか連想しちゃいますね~。
映画が大変お好きで
いつもご案内いただいてます。
先日、アメリカ アカデミー賞の名スピーチの
お話なさってまして、
追随記事など、書かせていただきます。
ヤスミンブログ中 アカデミー賞アラカルト② より。
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アフリカ系アメリカ人女優として、
初の主演女優賞を受賞したのは ハル・ベリー
第74回(2001年)アカデミー賞
受賞作 『チョコレート』
『やっとドアが開かれたわ
ここまで来るのに74年かかったのね』
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続きます。
『この瞬間は
ドロシー・ダンドリッジ、
レナ・ホーン、
ダイアン・キャロルのものです。』
ドロシー・ダンドリッジ(1922-1965・米)。
「黒いヴィーナス」「セピア色のクイーン」と謳われた美貌。
1954年製作のミュージカル「カルメン」
(出演者全員が黒人の意欲作)では
ハリー・ベラフォンテとコンビを組み
女豹のようなしなやかな肢体を見せつけ、
歌い踊ります。
ついにはこの年、アカデミー主演女優賞にノミネート。
しかし、人種隔離政策が活きていた時代です。
次作が決まらない。
企画がないのです。
南海の原住民とか、女奴隷みたいな役しか、
オファーが来ない。
「黒人は2つの差別を受ける。
一つは白人によって。
もう一つは黒人によって。」
「成功し、『白人にすりよる』黒人」は、
ホテルのディナーショーで歌っても
当のホテルには泊まれない。
黒人専用のホテルに戻る。
ドロシー本人は、
奔放どころか美人過ぎて
「役が欲しいなら云々…」の男性の視線に、
すっかり怯えきってしまい
私生活の苦労も重なり、
仕事も思うに任せず、
わずか42才で、抗鬱剤の飲みすぎで亡くなります。
続きまして レナ・ホーン(1917-2010・米)。
ドロシー・タンドリッジが「黒いヴィーナス」「セピア色のクイーン」なら
レナ・ホーンは「アイス・ビューティー」。
氷のような美女です。
貧しい美少女は、
稼ぐために屈辱的な低いギャラで
コットンクラブで肌もあらわな衣装を着て踊る。
結婚に夢を求めたが
「黒人女は強くなければいけない。
子どもを育て、家事をし、
職がなく、プライドを傷つけられた男を
慰めなければならない。」
生活のため、再び歌手の道へ。
美貌に目をつけたハリウッドが彼女を呼ぶが
白人からは黒人ゆえの差別、
そして黒人からは
彼女だけが選ばれて映画会社と契約を結んだことから
「白人に魂を売った」と反感を買う。
ついには映画会社と衝突して解雇…。
次第にヨーロッパに活動の拠点を移します。
「アイス・ビューティー」の名は、
笑わないから。
「白人社会に迎合しているようで嫌だった。」から。
「いつもハリネズミのように緊張していた」から。
1989年にグラミー賞の功労賞を獲得。
第一線を走りぬき、闘いぬき、歌いぬいた彼女をたたえ
拍手は鳴りやまなかった。。。。。
もう一度、繰り返させていただきますね。
『この瞬間は
ドロシー・ダンドリッジ、
レナ・ホーン、
ダイアン・キャロルのものです。』
ヤスミンブログ中、 アカデミー賞 アラカルト① は こちら 。
そしてレナ・ホーンの歌声は、
↓ こちらです^^
www.youtube.com/embed/QCG3kJtQBKo






