曹操の作る歌は
ほぼ即興と見られます。
宴席で、音楽にあわせ、歌われていたようです。
この歌は古来より多くの人々の心を鼓舞してきました。
それはやはり、攻めの姿勢ですね。
寿命は、天が決めるのではない。
養生すれば、寿命は、伸ばすことができる。
年老いた馬は、たとえ走れなくなっても、
千里を駆けることを夢見る。
堂々たる男は、たとえ年をとったとしても、
気迫を失わない。
ここには、
運命を受け入れ、
仕方がないんだ、決まったことなんだ、
との諦めが、一切ないのです。
天命何するものぞ。
闘志を燃やし続ける。
歌いっぷりが力強いのですよ。
(ただ、荒削り、単調と見ることもできます。
曹操の息子たちが、
より洗練された詩を作り上げ、
李白・杜甫以前の頂点と言われます)
かつて詩は、民間歌謡で、
決まった形を繰り返してきた。
人間は大いなる力の前には無力だ。と嘆くわけです。
曹操はそこからあっさりと脱却し、
自らの思想を歌った。
大転換なのです。
新たな形式を切り拓く。
自分の感情を、詩に盛り込む。
これを始めたのです。
ここが曹操が中国文学史上、「最初の詩人」と言われる所以なのです。
めるめる的感想としては、
漢詩、好きなんですが、
やたら空しい、つらい、故郷に帰りたい、
繰り返されるのでは、
辛気臭くてかないません。
ことさら優美。
ことさら壮大。
ことさら新鮮。 じゃなくちゃ。
「ああ、私は幸せだ」なんて
しみじみ言える。
曹操さま、かっこいいでしょう☆彡
( ↑ ベタ惚れ☆彡)
歩出夏門行 (其四 神亀雖寿)
曹操
神亀は寿(いのちなが)しと雖(いえど)も
猶お意(おわ)る時有り
騰蛇(とうだ)は霧に乗るも
終に土灰(どはい)と為る
老驥(ろうき)は櫪(うまや)に伏すも
志は千里に在り
烈士(れっし)は暮年になるも
壮心(そうしん)は已(や)まず
盈縮(えいしゅく)の期
但だ天に在るのみに在らず
養怡(ようい)の福
永年を得(う)べし
幸(さいわい)甚(はなは)だしきかな至れるかな
歌いて以って志を詠ぜん
神亀雖寿
猶有意時
騰蛇乗霧
終為土灰
老驥伏櫪
志在千里
烈士暮年
壮心不已
盈縮之期
不但在天
養怡之福
可得年永
幸甚至哉
歌以詠志

