李白は自由奔放。
対する杜甫は、く、暗い…。
はずなんですが、読んでいくと、
やっぱり、いいんですよ。
余韻が残るとでもいいましょうか。
「どうしてああ、フレッシュなんだろう。」
とため息交じりにおっしゃられたのは、
かの吉川幸次郎先生です。
杜甫さんは苦労人でして、
士官したかったものの、うまくいかず、
流浪の旅の繰り返し。
玄宗皇帝・楊貴妃カップルが
楽しい日々を過ごした頃、
花の都長安にいたものの、
二人の悲劇的な結末は言わすもがな。
時は流れ、いまは遠く江南の地にいる。
そこで玄宗皇帝のお抱え歌手、
かつて絶頂を極めた李亀年(りきねん)に会うのです。
「江南逢李亀年」杜甫
岐王宅裏尋常見
崔九堂前幾度聞
正是江南好風景
落花時節又逢君
岐王(きおう)の宅裏(たくり) 尋常に見し
崔九(さいきゅう)の堂前 幾度か聞きし
正に是れ 江南の好風景
落花の時節 又た君に逢う
岐王(玄宗皇帝の弟)の邸内で、いつも見かけた。
崔九(崔氏の九番目の息子)の正堂の前で
何度も歌を聞いた。
今、風光明媚なこの江南の地で、
散る花の舞うこの季節。何と君に会おうとは。
「又」の文字に込められた万感の思いに注目、
とあまたの先生方が熱っぽく語られます。
いやあ、若い頃より、
今の方が、胸に染み入りますねえ。
この詩は。
昨日は、
牡丹のごとき艶やかな女性を描く詩を
紹介しましたので、
一転、今日は
月の如く玲瓏たる女性を描く詩を。
「月夜」杜甫
今夜鄜州月
閨中只独看
遙憐小児女
未解憶長安
香霧雲鬘湿
清輝玉臂寒
何時倚虚幌
双照涙痕乾
今夜 鄜州の月
閨中 只(ひたす)ら独り看るならん
遙かに憐れむ 小児女の
未だ長安を憶うを解せざるを
香霧(こうむ) 雲鬘(うんかん)湿(うるお)い
清輝(せいき) 玉臂(ぎょくひ)寒からん
何れの時か虚幌(きょこう)に倚(よ)り
双(なら)び照らされて涙痕(るいこん)乾かん
今夜、鄜州の月を
君は部屋の中で一人、見つめているのだろう。
幼い子どもたちは
長安にいる父のことを思いやることすら知らない。
香しい秋の露に君の豊かな黒髪はしっとり潤い、
清らかな月の光を浴び、
玉の腕(かいな)は冷え冷えと輝く。
いつになれば、誰もいない帳(とばり)にもたれ、
二人は並び、月に照らされ、涙のあとも乾くのだろう。
…。「閨中」。「誰もいない帳」。
大人なんです。エロティックなんです。
杜甫さんは、難しい顔をしながら、
実はこういう詩を書かれるのです。
青白い月の光に照りわたり、霧が流れる。
脳裏に浮かび上がるのは、
遠く離れ離れの愛する女性。
玉(ぎょく)のごとく輝く白い腕。
流れ落ちる漆黒の髪。
清冽です。凄艶すぎます。
詩人とか、画家とか、音楽家とかの
奥様はお幸せですねえ。
愛する男性から
こんな素敵な贈り物を捧げてもらえるのだもの。
