鈴木春信の絵を見ると、いつもこの詩を思い出します。
春夜 蘇軾
春宵一刻値千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈
春宵(しゅんしょう)一刻(いっこく)値(あたい)千金(せんきん)
花に清香(せいこう)有り月に陰有り
歌管(かかん)楼台(ろうだい)声細細(さいさい)
鞦韆(しゅうせん)院落(いんらく)夜沈沈(ちんちん)
春の夜はまさに値千金。
花の香り漂い、月はおぼろにかすむ。
どこからか聞こえてくる歌声や音楽は終わりの気配。
庭のブランコはとまり、夜はふけていく。
どの絵もどの絵も、
優美で、幻想的なんですよねえ。
現実を見せるのではなく
夢の世界に連れて行ってくれるのです。
浮世絵は時代を経て
より繊細に、大胆に、時には激しすぎにと変わっていきます。
もともと美術品ではありません。
市井の民の慰みものです。
にしては春信は気品がありすぎますね。
プロデューサーの存在、彫師・刷師の技術
多方面のコラボなくして浮世絵の繁栄はあり得ません。
春信は、先陣を切り、走り抜け、
続く後進の前に高く輝く星であり続けました。

