これは、俗世間から離れた青年時代の体験をもとに作成した物語です。
寒い冬の日だった、とにかく若気の至りだろうか、人と接するのをためらい、いや、むしろ文明の利器に対するアレルギーのようなものだっただろうか。
突然に、嫌気が差した自分は家にいるのも嫌になっていた。
とにかく外に出たかった、そうなれば服に拘ることもなく着の身着のままの格好で外に出てみた。朝日の眩しい午前中のほんのひととき、とくに行くあてもなく歩き出した。
ありふれた風景は、その当時の自分には、大したものには感じることもなく、ただただ、自分の置かれた立場というか、自分が何処にいればいいのかさえ判らないそんな不安な日々を過ごしていた。
しかし、日が暮れれば、不安になり帰りたくなる。でも、また日が昇れば外に出たくなる。なぜだろうか、嫌だと思いながらも近づいているような・・・
初めは、冬の寒さが身にしみて外に出るのは嫌だったのだが・・・
時間が空いたらなぜか外に出てみた、家にいるより何かあるかも。
もどかしさと、わずらわしさと、情けなさが交差する中で、自分にとって一番落ち着く環境とは何だろう、あるべき姿とはなんだろうと不安な日々を過ごしていた。
思えば思うほど、いても立ってもいられなくなり何かを探したがる。初めはすべてから逃げているようで、むしろ罪悪感に包まれて悲しくもなる。
なにか、自分の足しになるものを探して何かをしてみたい。
歩き続ければ、当然足も疲れる、しかも遠くに行けば行くほど不安な気持ちは募るばかりだった。でも体力を使うと自然と寒さもさほど感じはしない。
ここ暫くの間、ほとんどテレビも新聞も見ちゃいない、ごく自然な姿は、初めは鳥かネコになったような気分だったが、次第に気にならなくなっていった。
だんだんと、時間の流れるのが、心の中でも感じられるようになり、ヒマさえあれば外を散歩するようになっていた。今が冬ならば冬を感じ、また四季の変化も感じてみたいと思うように変化した。
たまにコンビニなどで、おにぎりやサンドウイッチなどを買って、公園などで食べてみたりもした。ちょっとした違和感も強くなるため我慢する。
日曜などはほとんどの時間を屋外で過ごして、夕方になれば日が暮れるのを夕日や人の流れなどから感じられるようになっていた。
日曜日などはとくに、母に頼まれて変わりにスーパーに買い物に行くこともあった。
最初は、夕焼けの赤さがとても怖かった、なんだか周りと違う自分のような、取り残された気持ちでいたのかもしれない。でも、目をそらさずに見つめられるようになって、自然の中にいる一つの命であることに気づいた。
人とあまり接したことのない自分でも、道を聞かれたり、近所の人に声を掛けてもらったりしているうちに、人と接する機会も増えていった。
場所なんて関係なく、この地球にいる一人の人間として自分が見えるようになっていった。なんでだろうか? むしろ、最初は街の中のゴミのような気分だったのに。
テレビで見る、まるで、災害で壊れた街は、このときの気持ちの中の悪夢が、現実のように飛び出した、そのようなものにも見えてくる。
テレビの中の人々の苦悩は、痛々しいほど感じられた。
あとで、気づいたのかもしれない、気が付けば一人の自分と何もできない、何も知らなかったことが不安として感じられるようになったことが原因かもしれない。
その中で、何にも触れることができなくなったとき、唯一、命をつなぐことができるものに喜びを感じ、また、人との触れあいがあれば、その日のいい思い出になる。
そして、現実の世界を物にした、あのときの経験は今も続いている。
実際に阪神大震災を経験して、必要なものがないとき、頼れるのは自分自身、そして何よりも仲間達だったこと、生活を守るためには知ることも必要だということ。
世の中には、自分の知らないものは多く存在して、テレビの中では全く違う街の他人の生き様や作り話がはびこる中で、そればかり見ていても一番知ることができなかったのは、自分の周りの生活環境と、自分自身の人生経験だったのだ。
雑誌もテレビも新聞も、必要なものだけを読み取ればいい。
そう思いながら、自分の生活環境に拘りたい自分がここにいるのだ。