新約聖書のマタイの福音書では、イエス・キリスト様はこのように語っておられます。
<世の終わりの前兆と迫害について>
イエス・キリストが弟子達に告げたこの世の終わりについての話。
「人に惑わされないように気をつけなさい。」 私の名を名乗るものが大勢現われ、「私こそキリストだ。」 と言って多くの人を惑わすでしょう。また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢きんと地震が起こります。しかし、そのようなことはみな、生みの苦しみの初めなのです。そのとき、人々は、あなた方を苦しい目にあわせ、殺します。また、私の名のために、あなた方はすべての国の人々に憎まれます。また、そのときは、人々が大勢つまづき、互いに裏切り、憎みあいます。また、偽預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われます。この御国の福音は全世界にのべ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。
\(゜□゜)/ これからはこの言葉も肝にめいじておいたほうが安全かも
<ユダヤへのさばきと偽預言者出現の予告について>
それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの「荒らす憎むべき者」 が聖なる所に立つのを見たならば、そのときは、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。屋上にいる者は家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。だが、その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。ただ、あなた方の逃げるのが、冬や安息日にならぬように祈りなさい。そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつて無かったような、またこれからも無いような、ひどい苦難があるからです。もし、日数が少なくされなかったら、一人として救われるものはないでしょう。しかし、選ばれたもののために、その日数は少なくされます。そのとき、「そら、キリストがここにいる。」とか、「そこにいる。」とか言う者があっても、信じてはいけません。偽キリスト、偽預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。さあ、わたしは、あなた方に前もって話しました。だから、たとえ、「そら、荒野にいらっしゃる。」と言っても、飛び出して行ってはいけません。「そら、部屋にいらっしゃる。」と聞いても、信じてはいけません。人の子の来るのは、いなづまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。死体のある所には、ハゲタカが集まります。
( ゚ ▽ ゚ ;) 地震と津波とその後の犯罪に対する用心のためにもなるありがたい言葉・・・
なんだか、ここ数日の間、しみじみとこの話を考えていました。
その後、人の子が大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わし、その後選びの民をあつめるとか、ノアの洪水のような災いでこの天地は滅びるらしく、その日、そのときは誰も知ることができないらしい。
なんとも、難しいことだけれども用心することと、正しい考えを持って生きることに越したことはないようです。
つくつぐく考えさせられます。