こんばんはー。
というわけで、ちょい前の話になりますが、やっと大阪で開催中のフェルメール展行ってきました!
我ながらよく抽選に当たったなーと。
この手のやつはちーとも当たらないので・・
1時間並んで見るのは10秒みたいな前評判に戦々恐々としながらレッツゴー。
確かに並んでいましたが、オペレーションが慣れてきたのか、そこまで長時間並ぶということもなく。
17世紀オランダ絵画展ということで、フェルメールのほかにレンブラントの「笑う男」とかパウルス・ポッテルの「水に映る牛」も来ていましたが、今回の絵画数はわずか7点と超少数。
その中でもフェルメールの人気は別格、フェルメールコーナーだけ逆走禁止、しかも絵画エリアに入る前にフェルメールの生涯の紹介や全作品解説があるほどの気合いの入りよう。
フェルメールの「ディアナのニンフたち」!
そして、今回の大目玉、「真珠の耳飾りの少女」!
やはり美しい!
漫画「ギャラリーフェイク」の「ターバンの少女」でその存在を知ってから30年、やっと現物を鑑賞することができました。
いつから「ターバンの少女」から「真珠の耳飾りの少女」に変わったのかしらん。
ちょっと気になってきたので、チャットGTPに聞いてみます。
フェルメールが1665年頃に描いたこの作品には、実はフェルメール自身が付けた題名は残っていません。
死後の1675年の財産目録では、「トルコ風に描かれたトローニー(頭部像)」と考えられる作品が記録されています。また1696年の競売では「古い衣装を着たトローニー」といった説明で出品されていました。つまり、当初から「真珠の耳飾りの少女」という題名だったわけではありません。
その後、マウリッツハイス美術館の所蔵となった時代には、「Meisje met de tulband(ターバンの少女)」という呼び方が定着しました。
1995年に「真珠の少女」へ
そして1995年頃、作品名が
Girl with a Turban(ターバンの少女)
↓
Girl with a Pearl(真珠の少女)
へ変更され、さらに英語では現在の
Girl with a Pearl Earring
という名称になりました。オランダのRoyal Delft Museumも、「1995年までこの作品はGirl with Turbanとして知られており、1995年にGirl with a Pearl Earringの方が適切な名称とされた」と説明しています。
現在の所蔵館であるマウリッツハイス美術館も、正式名称を《Girl with a Pearl Earring(真珠の耳飾りの少女)》としています。
なぜ変更したのか
これは結構面白いところで、「ターバン」より「真珠」の方が、この絵の本質的な特徴を表していると判断されたためです。
実際、マウリッツハイス自身が、
この絵のタイトルは、構図の中央にある大きな真珠のような耳飾りに由来する
と説明しています。
さらに興味深いことに、この「真珠」自体も本物の真珠ではない可能性が高いです。マウリッツハイスは、ガラス製の模造真珠、あるいはフェルメールが想像で描いたものという可能性を挙げています。
ですから、
「ターバンの少女」→「真珠の少女」→「真珠の耳飾りの少女」
という変遷です。
そして、もしユーザーさんが1980年代~90年代に美術の本やテレビ番組などで「ターバンの少女」と覚えているのであれば、それは全くおかしくありません。むしろ、1995年以前の日本の美術書・図鑑では「ターバンの少女」とされていたものがかなりあります。
なお、「いつの間にか変わった」という感覚になるもう一つの理由として、1999年のトレイシー・シュヴァリエの小説『Girl with a Pearl Earring』、2003年の映画化によって現在の名前が世界的に一気に定着した、という事情もあります。
つまり、1990年代半ばが境目と考えてよいでしょう。
「昔はターバンの少女だったよね?」という記憶は、かなり正確です。
おしまい。




