去る4月26日、母方の祖母が亡くなられました。悪性腫瘍が原因だそうです。癌ではなかったようです。






祖母とはちょうど1ヶ月前に会ったばかりでした。先月の記事の時です。その時の元気な姿からはまさか1ヶ月後にこんなことになろうとは思いもよりませんでした。






予備校は木・金と休み28日が通夜、29日が告別式でした。29日は火葬場にも行きました。親族一同集合しましたが、祖父が3人兄弟、祖母が7人兄弟という家系なので大変多くの方々が駆けつけてくれました。






あれだけ多くの人がみんな悲しんでくれたので、おばあちゃんもきっと幸せだと思います。本人からしたら不本意な死でしょうが。






おばあちゃんはいつでもパワフルにふざけ倒す人でした。北朝鮮の将軍の拍手の真似とか、飲み会帰りの若者グループに加わろうとしたりとか、誰も思いつかないような行動に出る人でした。きっとその血が僕にも流れてるから今僕がこんな感じなんでしょうね。






それから、ピアノと料理と編み物が上手なおばあちゃんでした。ピアノは何でも弾けちゃうし、料理はいつもご馳走を振る舞ってくれたなぁ。たまにお母さんにマフラーとか送ってきてました。






僕は火葬場に初めて行ったのですが、おばあちゃんのパワーがそこでも働いたのか、見届けに来た人数が39人、「サンキュー」ってメッセージだったのでしょうね!最後まで自分を貫いてました。遺骨も初めて見ましたが同じ年代の人と比べて骨の量が2倍ぐらいあったそうです。どうりであんなに動けるわけです。そういえばスキーとかカヤックとか平然と行っちゃう人でした。






おじいちゃんはあんまりというかほとんど泣いて無かった。強いなあ。2年前が結婚50周年でそれはそれは長い付き合いでした。大体がおばあちゃんのペースでグイグイ引っ張ってっちゃう夫婦だったから、ちょっと寂しくなるかもね。






もうこれっきりで会えなくなると思うと悲しくて仕方ないけれど、おばあちゃんは実は僕の中にいるのです。というのも、おばあちゃんが貰った戒名には僕の名前の片方の「智」という字が入っているのです。偶然でしょうが、きっとおばあちゃんが僕に心配かけないようにと選んでくれた名前なんだと思います。






まだ全然実感湧かないんですけど、もう帰ってこないんですね。そういえば父方の祖母も2年前のこの時期に亡くなっています。きっと今頃2人で昔話に花を咲かせていることでしょう、と考えるとクヨクヨしていられない。今日からもう5月。高校時代はずっと部活を応援してもらってたから、今度は志望大学に受かっていい姿を見せてあげたい。おばあちゃんはきっと見ている。