世俗的な大衆音楽と言えども
立派な芸術作品でありますので
絵画や小説や彫刻と同じで
それは鑑賞されるに当たり
作品そのものの表面を
何となく眺められるだけではなく
作品を通して
作者の思想であったり意図であったり
性格であったり人生であったりを
鑑賞する側は探ったりしているわけです。


だから
薄っぺらい曲なんて
すぐに分かってしまうよ。
もっともっと心を込めて
曲に魂を注がなければいけない。


「トラックにはねられ、最後に1曲だけ歌う時間がある。
それを聞いただけでその人のすべてがわかる曲。
きみがこの世で感じたことを神に伝える曲。
そういう歌に人は耳を貸すんだ。
そこには信仰心なんかは関係ない。
自分を信じているかどうかだ。」


ウォーク・ザ・ラインっていう
ロックスターが堕落していく映画にあった
印象に残っているセリフです。
ぼくはこのセリフを肝に銘じて曲を書いています。
歌詞は何度も読み返し
曲も何度も弾いてコードを確かめ
自分の中で馴染ませます。
その辺のやつらとは
一曲に注ぎ込む熱量が違う。


耳触りの良さばかりが
追い求められている。
馴染みのあるメロディ、コード進行、リズム
当たり障りのない、歌うためだけに書かれた歌詞。
こういう曲は消費が早い。


まぁでも
それをやれるってのは
情熱だけじゃダメなのかもな。
自分の全てを注ぎ込むにも
スキルが要るのかもしれない。
如何に普段情熱を持って
自分の作品と向き合っているかだな。


本当は
何にも考えなくても
ハイパーな曲ができちゃうのが天才で
それが一番いいのだけど。
自分が天才じゃないことに気付かず
何にも考えてないやつが多いよう。


アンディモリのブログを読み返して
初恋の嵐の話をしてて
久々に聴いたら
上記のような気分になったのです。