ママと二人にしてもらうまえには、次のような会話もありました。

なにぶん、一年あまり前の会話のうえ、話の順序の記憶が曖昧だったので、第7回とは分けて書いています。

先生の語りかけは、事実を的確に述べつつも、余分な言葉を一切含みませんでした。しかしながら、その言葉のトーンは終始優しく、思いやりに富んだ、ゆったりしたものだったので、徐々に落ち着きを取り戻しながら、話を聞く私達。

「偶然、ダウン症に似た特徴があるということもあります。なので、いまの段階では、なんともいえません。ダウン症の確定には、遺伝子検査が必要になりますが、もし早い段階でダウン症の確定診断が出来れば、それだけ適切なケアを早期に受けることが出来ます。」

「もし検査で、ダウン症ではなかったということが判れば、それはそれとしてご両親の安心につながりますが、検査を受ける、受けないのご判断はご両親のお考えを尊重したいと思います。」




検査を受けてしまえば、五分五分の可能性だったものから、本当の答えがわかってしまう。

私もママも、その事実にきちんと向き合えるのだろうか。

私は、どんな事実もありのままに受け止め、超然としていなければならない役割。しかし、果たしてそこまで強い人間だっただろうか。なり得るのだろうか。

お腹を痛めたママは、おそらく私とは比較にならないほど何倍も大きなショックを受けただろう。




イエスかノー、いずれかの答えを出さなければならない。





この日、子供の人生を大きく変えうる、最初の二択問題が突きつけられた。