岩岡徹×Umbrella


彼女の誕生日があと数週間後に迫ったある日曜日。久しぶりのオフ、僕は彼女へのプレゼントを探して、もう何時間も前からウインドーショッピングをしていた。

彼女の仕事は軌道に乗っているようで、毎日朝早くから夜遅くまで働いている。でも辛いこともたくさんあるようで、この頃は泣きながら電話をかけてくることも少なくない。

自分も仕事柄、毎回電話に出てあげることはできなくて、気づけば彼女からの着信が何件も入っている、なんて日が続いている。もっと彼女のそばにいたい。受話器越しじゃなくて、顔を見ながら話を聞いてあげたい。最近めっきり減ってしまったデートもしたい。

でも…


ここ数ヶ月で、Da-iCEとしての活動の場が一気に広がった。それはとてもありがたいことだけど、不満がひとつだけ。それは、仕事の量に反比例するように、彼女と接する機会が減っていること。


デビュー前から自分の夢を応援してくれていた彼女。グループとしてデビューしたばかりの頃はデートに行くたび、徹が有名になったら2人でこんなに堂々と歩けなくなっちゃうね、なんて言ってくれたっけ。

今はお互いの予定がまるで合わなくて、最近会ったのはいつか思い出せないくらいだ。


長く付き合って、この人と結婚するのだろうとお互いに思っていることも暗黙の了解だった…はずだった。


自分や彼女の周りの環境が変わりつつある今、それは本当にそうなのだろうかと考えるようになったのはいつからだろう。彼女が冗談ぽく「結婚したら…」なんて話をしなくなったのはいつからだろう。


何より、自分が彼女を支えていくことに不安を覚えるようになったのはいつからだろう。


お互いに30歳になって、自分たちの将来をより真剣に考えるようになった。20代の頃は結婚して、同じ家に住んで。子供も何人かいて…なんて考えてたけれど、今は2人とも自分の仕事が軸になっていて、結婚を考える余裕もなくなっている気がする。


こんなことを考えていたら、プレゼントを決めるどころではなくなってしまった。どうしようか。誰かに相談できたら…。そう考えて、スマホに電話番号を呼び出した。


ー数時間後ー


僕は雄大と、居酒屋のカウンターに座っていた。ここは雄大行きつけのお店で、何度か連れてきてもらったことがある。


「ごめんね、急に」

「ほんとに急でびっくりしましたよ!でも、最近2人でご飯行けてなかったから嬉しいです」


いきなり呼び出したにも関わらず、雄大はいつも通り元気で、にこにこしながら話してくれる。たわいもない話をしながらご飯を食べているうちに、もやもやした気持ちはどこかへ消えてしまっていた。


結局、雄大には彼女のことを何も話さなかった。店を出ると、外は雨が降っていた。僕と雄大は、それぞれ自分の傘を開く。


「ありがとね。また明日」

僕がそう言うと、雄大はまた明日!と手を振って、僕とは逆の方向へと歩いて行った。


雨の中歩いていると、カバンの中で着信音が鳴った。スマホを取り出すと、画面には彼女の名前が表示されている。


「もしもし、徹?元気だった?」


久しぶりに聞く彼女の声に、自然と口角が上がるのが自分でも分かった。


「元気だよ。お前は?相変わらず仕事忙しいの?」


もうすぐお前の誕生日だよな。今度2人でごはん食べに行けるといいな。


そう続けようとした時、不意に彼女は真剣な声になった。


「急にごめんね。話があるの。…今、いい?」

「いいよ。何?」


僕がそう答えると、一瞬の間があった。ためらっている様子の彼女が脳裏に浮かぶ。


「…あのね。実は私、来月から転勤することになったの」


急な話に驚いて言葉が出ない。大手企業に務める彼女の仕事は転勤が多いとは聞いていたが、早くても2、3年後と言っていたはずだ。


「転勤って…どこに?」

「韓国支店。数年がかりのプロジェクトのメンバーに選ばれたんだけど、戻れるのはいつか分からなくて…」


彼女は、一言ずつ言葉を選ぶようにして話す。それにしても、来月だなんてずいぶん急な話だ。僕のそんな気持ちをを知ってか知らずか、彼女は続ける。


「この話をもらったのは、つい最近のことでね。徹に話すタイミングも今日になっちゃって…ごめんね」


いつものように優しい声。やっぱり、僕は彼女のことが好きだ。こんな状況にも関わらず、改めてそう思ってしまう。


すごいじゃん、頑張って。日本で待ってるから。


そう言おうとした瞬間。


「徹。私たち…もう別れよう」


スピーカーから、凛とした彼女の声が聞こえてきた。彼女の言葉を消化できないまま、パラパラと降り続く雨の中、僕はその場に立ち尽くしていた。


                       〜To be continued〜