昨日ネットニュースで
「手話気が散る」落語家が謝罪
という記事が・・・
全文読む前に だいたいは想像できたけど
ちょっとひどいんじゃないでしょうかね?![]()
気が散るって・・・
謝罪するぐらいなら 初めから言わなければいいのに
事前に打合せとか なかったのかな~?
手話と言えば 電キチの保育園にも
ろうの保護者がいます
違うクラスなので 直接お話したことはないけど
年度始めに 園全体の総会があって
その時 手話通訳(?)の方と一緒に 説明を聞かれていました
間近でみる手話の速さに 一人感動
しておりました
手話通訳って ボランティアなのかな?
お金払っているんだろうか?
どうかボランティアでありますように・・・
でも園長が 「あのお母さん 耳が聞こえへんから 対応に困る」と
コソッと言われて Hirohiroはちょっとムッとしました
確かに どうしたらいいのかわからないのかもしれないけど
アンタかそう言っちゃぁ お終いではないのか?
手話が出来ないんだったら 筆談でいいではないかっ
プンプン
たまに思うことなんだけど
身障者って 心が綺麗で 純粋で 汚れた気持ちがない
いつも前向きが いつも頑張っていると思っていませんか?
でもね 身障者だろうが 健常者だろうが
誰でも不平不満を言うだろうし 人とケンカだってする
後ろ向きな考えをしちゃう事だってあるし 悪い事もすると思う
だけど 身障者には そんな事しちゃいけないと思っていませんか?
心のどこかで 従順にしていればいい と思ったりしていませんか?
Hirohiroはありました
こんな事思うのはいけないと思っていても 心の片隅のもっともっと
隅っこの方では 思っていました
3年前 仲の良かった保育園のお母さんが 出産時のトラブルで
生まれた赤ちゃんに障害が残りました
当初 その子どもと接している時
心の中で「かわいそう」と思っていました
きっとそれが態度に出ていたんだと思う
しばらく経った時 そのお母さんから
「うちの子どもはかわいそうではない 他の子どもと同じ宝物
だけど 少し援助がいるだけ」と言われました
脳みそをガツン
とされたようで 何も言えませんでした
もし電キチに障害があったら・・・
やっぱり私もそのお母さんのように思うと思う
人よりちょっと援助が必要なだけ
本当にそうだなぁと 今は思います
こんな事を改めて記事に書くことではないけど 嘘はつけません
ちょっと話が逸れてしまったけど・・・
小学校6年生の修学旅行で 班分けしたグループで
何か出し物をするというものがありました
私達の班は「四季の歌を手話付きで歌う」というのにしました
なぜ 手話付きだったのか さっぱり忘れてしまったけど
春
と夏
を歌ったのを覚えています
手話で「春」は花を表していて 「夏」は汗がダラダラ流れている
ところを表しているとか 「人」は人と書いて表していたり
所々しか覚えていないけど・・・
おもしろくてすぐ覚えちゃったのを思い出した![]()
手話の練習をしている時 この手話を世界共通にすれば
世界中の耳が聞こえない人達が 交流できるから
英語やスペイン語 フランス語や中国語とか
言葉がわからなくても 話ができるからいいなぁと
思ったのを思い出した
改めて子どもって すごい発想だなぁと
自分の事ながら思っちゃいました![]()
毎日ご飯が食べられること
自分の家があって 親がいること
子どもが五体満足で生まれること
病気も怪我もなく 成人を迎えられること
自分が平均寿命まで生きられること
これらすべて 当たり前のことではなくて
奇跡
なんだと 私は思います