昨日、家を出て散歩何処に行く?ふと考えた。春の陽気だしなぁ、そうだ龍馬だ!しばらく行ってない亀山社中だ!と思い立ちちょっと遠いけど行くことにした。それなりに龍馬好きですからね。そして、亀山社中まで来たんだからどうせなら風頭公園の龍馬像だ!とさらに石段上って龍馬像と撮った写真が一枚目。

 

 

 

 

 

寺町通りの深崇寺と禅林寺の間にある「龍馬通り」その石畳と石段の狭い通りの斜面を上って行く。3枚目にここから210mと表示があるが斜面の坂道で階段が続くのでキツイのです。休石が所々にあるのはありがたい。2016年5月以来の亀山社中だが展示が少し変わっていた。やっぱり、刀を持って龍馬と写真を撮る!ゆかりの紋服やピストル、ブーツ、月琴。ここは元亀山焼の窯があった場所で、その関連の家屋を借りて長岡謙吉、陸奥陽之助、近藤長次郎らの同志と立ち上げた日本最初のカンパニーと言われている。

当時すでにカンパニーという発想を得ていたのは、武士でありながら本家は才谷屋という商家で、商人の血が流れ半分町人の自由闊達な気質があったからかも。才谷梅太郎ですからね。加えて、軍艦操術、海軍等の師匠で海外事情に明るかった勝海舟の教えがあったからではないでしょうか。亀山社中の後の海援隊規約には身分は皆平等でサラリーも平等に分配するとあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姉の乙女に送った手紙の「日本を今一度せんたくいたし申し候」は有名な言葉ですが、日本の政治とカネ、洗濯してくれる龍馬はいないものか!帰りは市街地を眺めながら三宝寺の脇を通って斜面を降りたが、その斜面には墓地が並んでいます。ちょっと脚がガクガクになったなぁ。