石坂洋次郎(1900-1986)という作家を覚えているでしょうか?おそらく50歳以上くらいのみなさんならその小説(例えば「若い人」「青い山脈」「陽のあたる坂道」)を読んだり映画やTVドラマを観たりしたことがあると思います。
戦前からフェミニズムとリベラリズム、そしてエロティシズムを肯定し危険で奔放な私生児の女学生を描くなど封建的な旧道徳をうちやぶる男女の交際を謳歌する反俗精神にあふれる小説で戦後最大の流行作家、ベストセラー作家と言われようになった。そして多くの作品が映画化、ドラマ化されました。そんな明るくて、ユーモアもあり、開放的でヴィヴィッドに描かれた青春像に僕は大いに嵌ったのです。映画やドラマも観ました。
しかし、たぶんですが、80年代終わりには石坂の作品は本屋から全く姿を消してしまった。あれだけ並んでいた新潮文庫でさえです。同時代の太宰治、川端康成の文庫はいまでもあるのに。そんな状況を見て”作家の旬”とか”ロングセラー”ということをぼんやりながらもずっと考えていました。

そしてそれも忘れかけていたのに、つい最近本屋で立て続けに石坂洋次郎とい...う名前を何度か目にしたのです。
まず三浦雅士の「石坂洋次郎の逆襲」を目にしたと思ったら、高橋源一郎の「今夜はひとりぼっちかい?日本文学盛衰史 戦後文学篇」の中で”石坂洋次郎を読んで初心を取り戻す”として石坂の代表作「青い山脈」から文章をひき「いま、こんな文章が書けますか。素晴らしい。初心忘るべからず、とわたしは思いました」と称賛している記述を読んだ。そして、辻原登の新刊「卍どもえ」の中に石坂原作の映画「陽のあたる坂道」が上がっていた。そしてさらについ先日本屋で「石坂洋次郎傑作短編選 乳母車/最後の女」(三浦雅士・編)という講談社文芸文庫の新刊が発売になっているのを見つけたのです。

その解説の冒頭に三浦雅士は『石坂洋次郎が戦後一世を風靡したのは「青い山脈」をはじめとする数多くの長編小説とその映画化によってだが、しかし、石坂は同時に短編小説の妙手でもあった。このことはとりわけ作家仲間においては定評があって、端的な例を挙げれば「石中先生行状記」がそうなのだが、~』
そして「石坂洋次郎の逆襲」のはじめに、では「石坂が過激な小説家であり、家族システムが全世界的に過渡期にあるいまこそ、その過激さが必要とされていることを思い知らされる」と書いています。

お世話になった作家・演出家の久世光彦さんも『作詞家の阿久悠とある時東宝の試写室で映画「青い山脈」の二人だけの上映会をやって、我先にと役者たちが口にする前に台詞を言い合った』と「時を呼ぶ声」に書いています。
コロナの拡大で引き籠っているし、40数年振りに読み返してみようか?と思っているのです。
因みに評論家三浦雅士さんはこれもお世話になった多くのヒット曲で知られる作詞家三浦徳子さんのお兄さんです。