御嶽山に思うこと | 海へと降りる下り坂

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しばしば長文、お許しを。

本日のお歌 ”Long Way From Memphis” Lonnie Mack 
この人のこの曲を知ったのはずいぶん昔、20代半ばの頃。ある釣り番組を観ていてBGMで流れたのですが「ギターがカッコいい曲だな」といっぺんで気に入り、その後必死にアーティスト名や曲名を探した記憶があります。曲名は、”I've been (と聞こえるんですけど耳弱い) a long way from Memphis~”という部分から、そういう曲名ではないかと推察したのですが、やはりそうだった、と判明した時はちょっと感激しましたね。で、急いで輸入モンのCDを買ったのですが、ギターインスト物が多くてちょっと残念でした。この人、ヒットにはあまり恵まれなかったようですが、ギターは格好いいですよ。
 ところでこの曲、以前も上げたかもしれません。過去にどんな曲を拾って上げたかもう憶えてなくて、ダブるかもしれませんがご容赦を。それに、今日の記事からすれば、歌舞音曲の類は控えた方がいいかとも思ったのですが、でもやはりね。
 
 
今回の御嶽山の噴火は、戦後最悪の大惨事となってしまいました。いまだ行方不明の人もいる中、いったん捜索は打ち切られました。
 3000mを超える山の中では比較的登山がしやすく、人気も高く、信仰の山でもあり、噴火の当日は絶好の天気、紅葉も始まっているし、休日でもあるし、で、頂上付近は数多の登山客で混雑していたことは容易に想像がつきました。残念ながら大惨事につながる要因が重なっていたようです。

 御嶽山という山は、実は僕にとって思い出深いというか、子供の頃の特別な記憶として刷り込まれている山です。

 御嶽山は、登山の趣味がない僕にとって唯一登ったことのある3000メートル級の山です。小学校6年の夏休みのことでした。近所に住む友達のお父さんが「御嶽山に登らないか」と誘ってくれ、友達とそのお父さんと僕の3人で出かけたのでした。登りやすい山だ、ということで軽装ででかけた記憶があります。

 夜明け前、まだ暗いうちに登山口にバスが着きました。バスの中ではあまり眠らなかったようでした。やはり緊張していたのかもしれません。
 ほとんど真っ暗な中を登り始めたのですが、子供心にも「そんなにきつくないな」と感じました。頂上が近づく頃にだんだんあたりが明るくなってきたのですが、想像していたよりもかなり多くの登山客がいるように感じました。そしてやはり、思ったよりずいぶん楽な登山だな、と僕は感じていました。友達のお父さんが僕たちを気遣ってゆっくり登ってくれたのかもしれません。

 確かご来光を頂上で迎えたと記憶しています。特に呼吸が苦しいわけでもなく、体も疲れていず「僕は今、海面から(僕は海の近くに住んでいた)3キロメートル以上高い所にいるのだな」と、そういうことに感動していました。
 
 その後しばらくたってから、木曾谷を挟んでちょうど反対側にある木曽福島のキャンプ場へキャンプにも行ったのですが、そこへ向かう途中で御嶽山が青くくっきり見えて、その綺麗さと雄大さに打たれた覚えもあります。

 考えてみると、この御嶽登山は、僕にとっていまだに”最も高い地上に立った経験”なのです。これより高い山には登ったことがありません(富士山さえ登っていない)。スイスのグリンデルワルトから鉄道でユングフラウへ上がろうとしたときは、金が無くなって運賃が払えず上がるに上がれず、途中のクライネシャイデック(標高2000メートルほど)まで行ってあきらめた、というアホみたいな経験しかできませんでした。このとき終点まで上がっていれば、あの御嶽登山を抜いてこれが僕の最高地点になったのだけれど。

 だから僕にとって御嶽山は、今もって特別な山なのですね。自分の足で登った最も高い山として、遠くから見た青い姿の美しさとして、真夏なのにひんやりとした空気の感触として。

 御嶽山は僕が大学生になったばかりの頃、一度大噴火をしています。ですから今回の噴火は僕の記憶の中では二度目の噴火です。
 実は長い間、御嶽山に対しては「優しい山」という印象を僕は持っていました。登るのが比較的容易、という意味もあるにはあるのですが(もっとも登山はこれ以前もこれ以後も経験がなく、比較のしようがないのですが)、登山などとはおよそ縁のない、どちらかというと痩せていて決してスポーツマンタイプでもない、しかも子供だった僕にも頂上へちゃんと上がらせてくれた、という意味で「優しい山」のイメージなのですね。”寛容”に近い感覚でしょうか。

 でも、ひとたび怒れば、やはり自然は恐ろしいのです。とても「優しい山」どころではないことを教えられました。テレビニュースを見ているだけでも本当に恐ろしいと感じましたから、頂上にいた人たちにとっては、その恐怖はいかばかりだったか想像がつきません。

 僕は長い間、海のスポーツをやっています。気持ちがハッピーになれるスポーツですが、そのスポーツでも時々死者が出ます。たいていの場合、自然を侮ってしまった結果のようです。

 今回の噴火で、あらためて「優しいだけの自然など存在しない」ということに気づかされました。自然に対して人間は常に謙虚でいるべきなのだろうと、そう思わせられる出来ごとでした。

  ”僕にとって特別な山”で亡くなられた方々の冥福を心からお祈り申し上げます。