読売新聞より一部転載
福島県矢吹町で避難生活を送る秋元昭一さん(60)は自宅前で一度立ち止まり、恐る恐る犬小屋に近づいた。
震災後、ペットの犬2匹に餌を与えるため自宅に数回戻ったが、この40日間、世話ができなかった。
今回の帰宅の最大の目的は、愛犬の様子を確かめることだった。
この日の帰宅ではペットの持ち出しは出来ないことになっている。
「ジョン」――。
愛犬の名を静かに呼んだ。
反応がない。
犬小屋に近づくと、アイリッシュセッターのジョン(雄、15歳)は、もう1匹の子犬と一緒に体を丸めたまま死んでいた。
「助かる命だったのに、本当にごめん……」。
肩を震わせ涙を流しながら、亡きがらをそっと抱きしめ、わらを敷いた穴に葬った。
また二つ、尊い命が犠牲に…
私は、虐待や殺人で捕まった人間は、同じ目にあって、苦しめばいいと思っていました。
今回も…政府官僚が、飢えと寒さ、寂しさと話せない状況で、隔離されるべきだと思ってしまいました…
法の裁きを受けるべきです!
福島県矢吹町で避難生活を送る秋元昭一さん(60)は自宅前で一度立ち止まり、恐る恐る犬小屋に近づいた。
震災後、ペットの犬2匹に餌を与えるため自宅に数回戻ったが、この40日間、世話ができなかった。
今回の帰宅の最大の目的は、愛犬の様子を確かめることだった。
この日の帰宅ではペットの持ち出しは出来ないことになっている。
「ジョン」――。
愛犬の名を静かに呼んだ。
反応がない。
犬小屋に近づくと、アイリッシュセッターのジョン(雄、15歳)は、もう1匹の子犬と一緒に体を丸めたまま死んでいた。
「助かる命だったのに、本当にごめん……」。
肩を震わせ涙を流しながら、亡きがらをそっと抱きしめ、わらを敷いた穴に葬った。
また二つ、尊い命が犠牲に…
私は、虐待や殺人で捕まった人間は、同じ目にあって、苦しめばいいと思っていました。
今回も…政府官僚が、飢えと寒さ、寂しさと話せない状況で、隔離されるべきだと思ってしまいました…
法の裁きを受けるべきです!
<東日本大震災>
わずか2時間の我が家
川内村一時帰宅
毎日新聞 [5/10 22:05]
荒れ果てた田んぼのそばに咲く満開の山桜。
その鮮やかさが痛々しい。
10日、警戒区域への住民の一時帰宅に同行した。
曇り空の中、防護服を着た住民を乗せたバスが中継基地を出発したのは午前11時20分ごろ。
同行取材の報道陣が乗ったバスは、20分ほどあとに出た第2陣のバスを追った。
厚手のマスクに防護服。フードをかぶるため暑くて息苦しい。
ゴム手袋の中はすぐに汗ばむ。
5分後、警察官が警戒する検問所を通過し警戒区域に入った。
つづら折りの山道を走ること約20分で目指す吉野田和地区に着く。
民家の雨戸は閉じられ、自動販売機の電気は消えている。
田んぼはパサパサに乾き、畑には雑草が生い茂る。
この地区に住む小林信一さん(65)は、玄関先で配布されたビニール袋の中を1人で整理していた。
中には次女一枝さん(33)の結納の写真。
一枝さんは3月26日、浪江町で挙式の予定だったが、震災でできなくなった。
婚姻届は出したが、2人は大熊町に住んでいたため、今は白河市の仮設住宅にいる。
一枝さんのウエディングドレスや着物が楽しみだった。
「原発がなきゃ、こんなことになんねかった。晴れ姿が見たかったなあ」と唇をかんだ。
小林さん方から300メートルほど離れた場所に住む秋元哲雄さん(74)は35年間、畜産業を営んできた。
この日は妻カツ子さん(73)と一時帰宅した。
自宅の庭には自生するゼンマイ。
この季節は、集落の至るところにウドやワラビなど山菜が顔を見せる。
毎年、夫婦で山菜を採りながら、ふるさとの自然の豊かさを味わうのを楽しみにしていた。
飼育している繁殖用和牛10頭は、警戒区域が設定される前々日の4月20日、自宅裏の牧場に放した。
「防護服を着てったら、オレのこと宇宙人と思わねえかな」。
避難生活を送る郡山市の施設で、秋元さんは普段「べえ」と呼んでいる牛との再会を心待ちにしていた。
だが、約20日ぶりに訪れた牧場に牛の姿はなかった。
自宅周辺を1時間ほど歩き、牛を探した。
朝方までの雨のせいか、湿気が多い。
近くの道路には、牛らしき足跡が点々と続き、道路脇の草を食べたあともあった。
「群れになって生きているのは間違いねえ」
疲れ切った様子で牛舎に戻った秋元さんは、牛がいつ戻ってもいいように餌場に草を置いた。
「胸をさすってやると、本当にうれしそうな目をするんだから。国や東電は殺処分とか補償とか言うけど、そう簡単にあきらめつかねえんだ。家族と同じなんだから」
自宅や牛舎に被害はない。
警戒区域さえ解除されれば、いつでも牛を育てられる。
牛舎の中でつぶやいた。
「寒くなる前に帰れれば、牛も続けられる。生まれ育ったこの場所に早く帰ってきてえなあ」
【佐々木洋】
幸せな晴れ姿を見れたはずの人…
愛する家族をなくなく手放した人…
人それぞれ形は違うけれど、原発の被害を受けている。
なのに、国は自己責任においてとか、まだグチグチ言ってる!
いい加減、誠意を見せて!!!
わずか2時間の我が家
川内村一時帰宅
毎日新聞 [5/10 22:05]
荒れ果てた田んぼのそばに咲く満開の山桜。
その鮮やかさが痛々しい。
10日、警戒区域への住民の一時帰宅に同行した。
曇り空の中、防護服を着た住民を乗せたバスが中継基地を出発したのは午前11時20分ごろ。
同行取材の報道陣が乗ったバスは、20分ほどあとに出た第2陣のバスを追った。
厚手のマスクに防護服。フードをかぶるため暑くて息苦しい。
ゴム手袋の中はすぐに汗ばむ。
5分後、警察官が警戒する検問所を通過し警戒区域に入った。
つづら折りの山道を走ること約20分で目指す吉野田和地区に着く。
民家の雨戸は閉じられ、自動販売機の電気は消えている。
田んぼはパサパサに乾き、畑には雑草が生い茂る。
この地区に住む小林信一さん(65)は、玄関先で配布されたビニール袋の中を1人で整理していた。
中には次女一枝さん(33)の結納の写真。
一枝さんは3月26日、浪江町で挙式の予定だったが、震災でできなくなった。
婚姻届は出したが、2人は大熊町に住んでいたため、今は白河市の仮設住宅にいる。
一枝さんのウエディングドレスや着物が楽しみだった。
「原発がなきゃ、こんなことになんねかった。晴れ姿が見たかったなあ」と唇をかんだ。
小林さん方から300メートルほど離れた場所に住む秋元哲雄さん(74)は35年間、畜産業を営んできた。
この日は妻カツ子さん(73)と一時帰宅した。
自宅の庭には自生するゼンマイ。
この季節は、集落の至るところにウドやワラビなど山菜が顔を見せる。
毎年、夫婦で山菜を採りながら、ふるさとの自然の豊かさを味わうのを楽しみにしていた。
飼育している繁殖用和牛10頭は、警戒区域が設定される前々日の4月20日、自宅裏の牧場に放した。
「防護服を着てったら、オレのこと宇宙人と思わねえかな」。
避難生活を送る郡山市の施設で、秋元さんは普段「べえ」と呼んでいる牛との再会を心待ちにしていた。
だが、約20日ぶりに訪れた牧場に牛の姿はなかった。
自宅周辺を1時間ほど歩き、牛を探した。
朝方までの雨のせいか、湿気が多い。
近くの道路には、牛らしき足跡が点々と続き、道路脇の草を食べたあともあった。
「群れになって生きているのは間違いねえ」
疲れ切った様子で牛舎に戻った秋元さんは、牛がいつ戻ってもいいように餌場に草を置いた。
「胸をさすってやると、本当にうれしそうな目をするんだから。国や東電は殺処分とか補償とか言うけど、そう簡単にあきらめつかねえんだ。家族と同じなんだから」
自宅や牛舎に被害はない。
警戒区域さえ解除されれば、いつでも牛を育てられる。
牛舎の中でつぶやいた。
「寒くなる前に帰れれば、牛も続けられる。生まれ育ったこの場所に早く帰ってきてえなあ」
【佐々木洋】
幸せな晴れ姿を見れたはずの人…
愛する家族をなくなく手放した人…
人それぞれ形は違うけれど、原発の被害を受けている。
なのに、国は自己責任においてとか、まだグチグチ言ってる!
いい加減、誠意を見せて!!!
