決戦が終わった夜、次男は無論、応援の奥さん、そして私の3人は疲れていた。疲れ切っていた。3日連続でほぼフル出場に近かった次男は、帰宅後、部屋に入ったきり、声を掛けても起きることはなかった。何とか起こして、夕食を食べた頃は既に10時になっていた。
いつものように、撮影したビデオで試合の内容をチェックしようかと思っていたら、奥さん「私、先に寝るから」。私も次男も眠たかったが、慣例のように決勝戦の様子を観る。
しかし、我々も疲れ切っていた。いつもとは異なり、言葉を発することもなく、淡々と試合に見入る。途中、次男が何度かビデオを巻き戻してチェックした以外は、黙々と二人で試合を追った。12時を回る頃、ビデオの中ではノーサイドとなった。それを待っていたように、次男「俺、寝るから・・・」。「俺も・・・」と私。珍しく意見が合った。というよりも、それ以外に選択肢は無かった。
翌朝、疲れが抜け切らないまま、「おはよー」と居間に下りると、奥さん「おはよう・・・」とガラガラ声。聞くと、応援し過ぎて声が枯れてしまったらしく、私「そんなに応援したのか?」と聞くと、「父兄席にいると、ついつい力が入って。気が付いたら大声出してた・・・」とハスキーボイス。やるなー、お前も・・・。
会社に着くと、「優勝おめでとうございます」と部下B。「良く知ってたな。今朝の新聞を見たんだ」と言う私に、部下B「ええ、載ってましたね。で、今日は祝勝会しますか」。はあ?月曜日だぜ、今日は。しかも、仕事する前から飲み会の話かい(笑)。うれしかったが、今月は仕事で飲む機会が多くなるため、「ありがたいけど、来月の高校総体で優勝したら、その時は頼むわ」と丁重に辞退した。
試合をビデオ撮影するため、ずっと立ち放しだったことが響き、今日の私は腰に負担を抱えていた。しかし、「大会も無事に終わったことだし、今日からは仕事モードだ」と心に決め、仕事に精を出した。
夕方、会社に仙台の友人から電話があり、「明日は青森泊まりなので、是非一献」とのことだった。あの大震災以降、電話で安否は確認していたが、実際に会うのは去年以来だったので、二つ返事でOKした。ただし、二人で飲むと深酒になってしまうことをお互いに知り尽くしていたため、「明番は2時間で切り上げようぜ」と確認し合って電話を切った。その会話を聞いていた部下Bが「やっぱり、早かれ遅かれ飲み会ですね」と笑う。
帰宅すると、チームメイトのお母さんから電話。大会中の映像を観たいので、DVDにしてほしいとのことだった。そういえば、私と同様にいつも応援に来ていた父兄の一人だったが、今大会は仕事で忙しかったらしく、決勝戦しか来ていなかった。私「北上遠征も撮ってあるけど、要ります?」と聞くと、それもお願いということだったので、4試合分をDVDにして渡すことに。余計なことを言って、自分の仕事を増やしてしまった私。
次男にそのことを伝え、「出来上がったら、○○君に渡せ」と言うと、次男「えー、父さんの声がメッチャ入ってるある試合のビデオも渡すの・・・」。忘れていた、自分も戦っていたってことを・・・。音声だけ小鳥のさえずりにアフレコしようかと思案する皐月の夜[E:music]